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「自分らしさ」をイナカとトカイの間から考える

2019/01/15


 前回からの続きです。前回の記事読んでいない人はこちらも読むと分かりやすいかと思いますので、こちらも合わせてどうぞ。

 僕が、地球の反対側のカイガイ(西洋)で暮らしていた時、

「日本人ってこんな感覚で生きているんだ!」
「自分も無意識に善くも悪くも、日本人特有の価値観の中に取り込まれている」

とニホンの外で生活しいるからこそ見えてくる視点から、ハタと気づいたことがありました。

 

イスタンブールの視点

 

 そんなカイガイ生活の経験から、日本人の感覚に無意識に取り込まれることに少し恐れのような感覚が生まれました。

 自分の気づかないところで自らを制限する信念を取り込んでしまうことは、その仕組みに気づいてしまったら、強制的に自由を奪われているようで結構恐いです。

 そんな感覚を持ってはいますが、個人的に両極端な経験をすることが好きで、今はニホンのイナカの中のイナカのような山の中で生活をしていて、すっかりのニホンのイナカにどっぷり慣れ親しみなおしています。
 しかし、ニホンのイナカで生活しながらも、というよりイナカで生活しているからこそ、敢えてカイガイのトカイの経験も忘れず中立に生活しようと心がけています。

 

古城

 

 しかし、前回の記事に書いたように注意していたにも関わらず、無意識のうちにイナカの集合意識に影響を受けていることに驚きました。

 でも、この情報発信をしたい・自己表現したいけど、したくないっていうアマノジャクな感覚がなぜ起こるのか。「わかっちゃいるけどやめられない」のはなぜか。

 こんな意識の変化を経験したり、仕組みを理解していくことが、僕が経験したいことだったりします。なのでこの状況も僕にとっては密かにワクワクしています。

 イナカとトカイ、ニホン(東洋)とカイガイ(西洋)。住んでいる環境から受ける感覚、視点の違いがなぜ起こるのか。

 こういう視点の違いは、こんな両極での生活環境を比べると分かりやすいく起こります。

 はじめは自分に起こる個人的な感覚・経験なのかと思っていましたが、場所や人と関わる程、そういう地域の集合意識みたいなものが文化や地域特有の人間関係を生んでいるんだなと分かってきました。

 

 過去の自分の紹介でも書きましたが、僕は高知生まれ、高知育ちのイナカ者です。なので、その少年時代は、こんな田舎にいつまでも居れるか!ということで、高校卒業後10年くらいトカイ<カイガイに出ました。

 今思えば外へ外へ行きたいというモチベーションは、ニホン>イナカの対極の場所にある経験をしたい、という僕のワクワクアンテナに反応してたんだなぁと思います。

 実際に僕がどんなことをしていたのか、以前のいなかマガジンにも書いています。

 

 ニホンのイナカの若者が、その対極にあるカイガイ(西洋)のトカイに出ていた数年間は、地元の生活とは違う感覚で生きました。

 こんなにも環境から受ける意識の影響が強いものか、と自覚したその時の経験はカイガイで暮らした最も大きな収穫だったかもしれません。

 それらの経験から、改めて思い出すと分かることがいくつかあります。

 

【トカイ・カイガイ(西洋)で影響を受けやすいこと】

 

●他人の目が気にならなくなる

 

ライブの人

 

●自己という存在、日本人という個、種族のアイデンティティを自覚する

 

日本の風景

 

●創造エネルギーが活性化し、何かを創造することに注意が向く

 

ワークショプ

 

●他者に依存しない、関わらないでも生きやすい

 

ドバイ夜景

 

●自分の内面より外側へ注意が向く

 

夜の看板

 

【ニホン・イナカで影響を受けやすいこと】

 

●周囲の人との関係が濃く繋がりやすい

 

いなか飲み会

 

●個として表明することが地域・集団の中で異質な性質のような感覚がある

 

サラリーマン

 

●何でも受容することに注意が向く

 

スイス山

 

●集団の影響が個人に影響を与えやすい、逆もまた然り

 

餅投げ風景

 

●自分の内面に注意が向く

 

瞑想

 

 この体感、経験の違いは、トカイ<カイガイに出た時も、ニホン>イナカに戻った時もそれぞれに感じます。

 今、再びこれらの経験を振り返り理解したことは

 

●どちらの環境が、「いいーわるい」問題ではなく、それぞれに固有の性質が生まれやすい特質がある
●環境の影響は受けるが、その意識状態の感覚を常に一人ひとりが選んでいる
●どちらの環境からも中立・バランス・自由・調和が取れている状態の時に、外から影響されない「自分らしさ」があるのではないか

 

ということに、経験しなおす毎に気がついてきました。

 自分にとっては、生きている環境はとても大切で、流れに身を任せて生きているようで、自分の内側から求めていることを感じて選んでいます。

 その方が頭で考えるより、自分の本質に近づける。今、ニホン>イナカのエッジのような場所にいることは、自分が成長・楽しく生きる経験に必要だからいる。そんな気がしています。

 どんな地域にいても、その集合意識のフィルターから影響をうけても、縛られないで自由になることを意図して、行動していかないと「自分らしさ」から遠のいていくのではないかと感じています。

 周りから影響を受けながらも自分の感覚を信じて、今いる経験から見える視点の情報発信を今後もしていきたいなぁと思うこの頃です。

 

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    • 吉尾洋一