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弟子屈町地域おこし協力隊を退任します

2018/04/02


 3月末日を持って弟子屈町地域おこし協力隊を退任します。
 弟子屈町で暮らして2年10ヶ月が経ち、裏道や美味しいお店もたくさん覚えました。
 4月からは同じく弟子屈町にある、旅行会社で働きます。変わらない生活ですが、弟子屈での生活を振り返りたいと思います!
 
 私が地域おこし協力隊員になった1番の理由は、弟子屈町で暮らしてみたかったからです。他に自分に合う仕事があれば、隊員になっていなかったと思います。公務員試験のタイミングが合えば、役場の職員だったかもしれません。
 以前にも書きましたが、私と弟子屈のご縁が大学生のフィールドワークでした。面白い人がいるし、良いところだな〜という印象でした。もちろん、それは住民ではなく、学生身分・観光客気分だったのですが、それがきっかけで実際に住んでみました。

 

20代独身男性が暮らすには何も不便がない!

 
 こちらに来てから車を買いました。年間2万kmペースで運転していて地元の人からも走ってると言われます。地方都市の釧路、中標津へ車で1時間の距離です。
 私は市街地から10km離れた地域に暮らしていますが、平日はほぼ毎日市街地の役場に出勤しているため、食料品の買い物に困ることはない。釧路に行けば、服も雑貨も本も買うことができます。宅配便は厳密に時間指定ができないけど、運転手さんの神業に助けられ、通販も余裕です。車とインターネットが使えれば全く問題なく暮らせます。
 ただし、どちら1つでも欠けると大変です。ネガティブな話題はニュースにもなっているので割愛しますが、全国的な課題は弟子屈町も同じです。

 

南弟子屈地域づくり支援員の活動

 
 地域おこし協力隊員としてのメイン業務は南弟子屈地域づくり支援という小学校が廃校になった地域での活動です。

 

着任した日の小学校と炭田
着任した日の小学校と炭田

 

 2015年に閉校した昭栄小学校と南弟子屈自治会のつながりはとても強く、小学校の運動会や収穫祭、学芸会などにも自治会が参加し、児童たちが保護者以外の地域の大人とも強い関わりを持っていました。
 しかし、地域の過疎化・少子化に伴い小学校の閉校が決まりました。それと同時に自治会の行事の規模の縮小も懸念されました。このままでは地域内の人口が減ってしまい、地域の存続にもつながり兼ねません。しかし、南弟子屈は弟子屈町入植の地域でもあり古くからの歴史を持つ大切な地域です。
 そこで自治会や役場を中心に南弟子屈地域活性化協議会を設立ました。協議会では、今後どのような地域でありたいか将来ビジョンを1年間かけて検討しました。

 

1年間かけて検討
 

南弟子屈地域活性化協議会

 

 まずは、それぞれが思っている地域の魅力や課題を共有し、協議会としての優先順位づけをしました。それをもとに南弟子屈の将来ビジョン「人が集まり集う 町の玄関口 南弟子屈」を定めました。

 

地域の魅力や課題を共有
 

人が集まり集う 町の玄関口

 

「人が集まり集う 町の玄関口 南弟子屈」のために

 
 初年度1年かけて作成したビジョンを達成していくために、2年目は3つのプロジェクトチームを立ち上げました。
 
●ライダーハウス運営チーム
国道沿いに立地していることや地域内での滞在時間の増加を目指して、旧昭栄小学校教員住宅を活用してライダーハウス「旅人宿 昭栄」を運営しています。

●酪農体験チーム
弟子屈町、南弟子屈地域を知ってもらいファンを増やし、暮らす人口の増加を目指します。地域の主産業である酪農を身近に感じてもらえる体験などの提供を目指します。

●特産品開発チーム
酪農だけではなく、南弟子屈地域はJA摩周湖のブランド豚摩周ポークの生産地でもあります。食を通して、弟子屈を知ってもらい、滞在時間の増加や地域内経済循環を目指していきます。
 
 各プロジェクトチーム活動と並行して、協議会では旧昭栄小学校を活用したコミュニティビジネスの検討を行い、今後3つの事業を展開していくことを決めました。
 
●ライダーハウス事業 「人が集まり、滞在する」
・旅人宿昭栄の継続的運営
・食事の提供、体験ツアーの提供など収益性の向上

●飲食事業 「味わえる場所を作る」
・旧昭栄小学校を活用した飲食店の開業
・地域内外の人が集まる拠点になる

●レンタルスペース事業 「働ける環境を作る」
・空き教室を有効活用する
・南弟子屈で活動する人を増やす
 
 3年目となった今年度は各事業の充実を旧昭栄小学校の全体の活用方法について検討を行いました。

 

旧昭栄小学校の全体の活用方法

 

管理人さん

 
 地域の健康体操を実施しているおばさま方から、いつも学校にいる管理人さんだと思われていましたが、閉校になったあとの学校にもいつも誰かがいて、何かをやっているみたいというのは意味があったと思います。
 夏は学校の草刈りをして冬は駐車場の除雪、協議会の事務局としてワーキンググループの開催案内を地域内に届けたり、話し合いには参加しないけどいろいろなアイデアを出してくれるおばさんと一緒にお茶を飲んだりしていました。
 よく何をやっているの?と聞かれると細々としたことやはっきりと成果になるものがないので答え方に困ってしまうのですが、地域活動支援、集落支援ということは目に見えない誰かがやらないと困ることなのかなと感じました。
 こうした仕事をきちんと事業として成立させることができればよかったのですが、なかなか難しいです。結果的には2年10ヶ月住んだ南弟子屈地域を離れて他の町内に住むことになり、仕事も生活も離れてしまうのでとても悲しく申し訳なく思います。
 
 町内では、毎年活動報告会を開催していて今年も町長をはじめ町内の方々に成果報告としてお話をさせていただきました。ただ話すだけではもったいないので、こちらでも書きました。
 地域おこし協力隊としては終わりですが、これからも弟子屈町民です。

 

弟子屈町民

 

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