地域おこし協力隊は今年四万十町で何をするのか?

2015/01/13

 

2015年 新年明けましておめでとうございます。

 

 今年初めてのいなかマガジン登場になりますわたくしは、年末年始は9日間大阪の堺市に帰省していました。今では政令指定都市となった堺市ですが、自分が生まれ育った「百舌鳥(もず)」というところには少し珍しい風習が残っているのです。その風習というのが「百舌鳥精進」 ネットで調べてみたところ、地元では昔から大庄屋で今は国の重要文化財にも指定されている「高林家」に関する記事がいくつか出てきました。(以下引用)

 

■百舌鳥精進

 百舌鳥精進の風習は、正月に身を清め、心を真にして精進潔斎するというもので、百舌鳥八幡宮の宮司をはじめとして、百舌鳥八幡宮の氏子の間で地域をあげて続けられている。髙林家では、年末にすす払いをし、もちつきをしてから精進に入る。大晦日の夕方に3日分のお雑煮を炊く。料理は肉や魚を絶ち、出汁も昆布を使用する。元旦の朝には、男性が雨戸を開け、灯明をともし、線香をあげてお参りをする。その後、お雑煮を神仏にお供えする。食事は、全員でお膳を囲み3日の間続けられる。1月3日の夜は「精進あげ」として魚と鳥を食べるが、小正月の15日までは、豚や牛などの四足の動物の肉を絶っている。近年は実施しない家もあるが、期間を短縮して元日だけ精進潔斎をするなど、住民が方法を変えながらも、正月の伝統行事を今もなお大切に守り継がれている。

 

ということで、氏子であるうちの実家ではここまで厳格ではないながらもこの伝統は守られていました。

 子供の頃に聞いた話では、昔この地方に疫病が流行った時、一人の偉い僧侶が訪れて「病を治すかわりに今後正月三が日は肉や魚は断つこと」と言い残して立ち去ったとか。こういった言い伝えで登場する偉い人というと弘法大師か、行基か、役小角であることが多いのですが、このうちの誰なのか?それとも別の人物なのか?そこは定かではありません。近くには行基が築いたとされる土塔という史跡が残っているので行基かな?と思います。

 

 で、百舌鳥精進を受け継いでいる家で正月に食べられているのがどんな料理なのかというと、雑煮は白みそ仕立てで丸餅を焼かずに入れます。具は大根と里芋と豆腐のみ。お重の中身は(椎茸・高野豆腐・蒟蒻・牛蒡・蓮根・筍・里芋・人参・クワイ・黒豆・三度豆・薄揚げ)といった感じで人参の赤と三度豆の緑以外は地味過ぎる色合いで、良く見る豪華なおせち料理と比べると質素すぎて子供の頃はこの精進料理が嫌でした。学校でもあまり百舌鳥精進の話は聞くことがなくて、うちの家だけが何かおかしな事をしているのかと思っていましたので、同級生には隠していたぐらいです。

 ところが、去年の暮れに地元で同じ町内の同級生十数人と忘年会をした時に、美味しい料理を食べながら誰かが「今のうちに食べとかな、正月は精進やしな」とポツリと言った一言がきっかけで、そこに居合わせた同級生の半数以上の家で百舌鳥精進を守っていたことが判明して驚きました。伝統はひっそりと守られていたのですね。

 

 そんな正月を過ごして四万十町十和に戻ってきました、地域おこし協力隊の石田です。皆様、本年も宜しくお願いします。

 

 さて、ここからが本題。2013年の7月に協力隊になってからちょうど一年半が過ぎました。地域おこし協力隊の任期は3年と決まっているので半分が終わったことになります。残りの1年半で何ができるのか?最初の1年は地域を知ることとアドバイスを戴き、じっくりと地域を見てきました。それから半年が過ぎてしまいましたが「これをやらんといかん」というハッキリとした目標といったものは見えていないのが現状です。

 しかしそんな中でも木炭。特に備長炭を産業として復活させて移住希望者や地元の人が炭焼きで食っていけるように土台作りをしたいという考えはあります。

 

 菊炭

 

 昔は盛んに炭焼きが行われていて、戦後しばらくぐらいは十和の主要産業で木炭王国とも呼ばれていたのが、石油などのエネルギーに替わっていったために生産量は減りましたが、今でも使える炭窯も残っており十数年前ぐらいまで炭を焼いておられた経験者もいますし、黒炭は今でも焼いている方がいます。そして今また木炭の需要が高くなっているというこの時代に、なんとかして山にたくさんある資源を活用できないかと考えているところです。

 ただ簡単にできることではないし、自分が任期終了後に炭焼き職人になろうとか思っているわけではないので無責任なようでもありますが、今までに話を聞かせてもらった移住希望者や、都会に出た四万十町出身者がUターンしたくても仕事が無いから戻れないと諦めている人が多く居たので、この土地でしかできないような仕事を選択肢の一つとして用意できれば何人かが移住定住を考えてくれるのではないかと思っています。

 

 実は最初にきっかけとなったのは、お隣四万十市西土佐の地域おこし協力隊の方から「白炭窯を作れる人がいたら紹介して欲しい」と依頼されたことでした。十和の職人さんを探して紹介させてもらったご縁でいろいろと話が進み、人との繋がりもできてきた今この時に始めたほうがいいと思うのです。今の時代では土佐備長炭の先進地である室戸市や大月町にも学ぶことはたくさんあるし、研修などでお世話になることもあろうかと思います。そして地元でも住民の方や役場職員さんも巻き込んで、全国各地の色々な事例をよく知っているいなかパイプさんも大いに巻き込んで、慎重に進めていきたいです。巻き込まれる方は大変で迷惑かもしれませんが、ご協力よろしくお願いします。

 

 

 もう一つやりたい事は、夏場は多くの利用者で賑わう観光施設の閑散期対策です。四万十町に来る前に働いていたテーマパークにも閑散期があり、頭の良い人達がいろいろな対策を考えて実行していましたが、どうしても入場者が減る時期というのは無くせませんでした。四万十町では繁忙期と閑散期の差がもっと激しくて、四万十川での川遊びを考えている観光客は夏場にしか来ません。自分が都会に住んでいて、四万十川に旅行に行こうと思ったときに予定をたてるとしても冬は選ばないと思います。しかし、一年半住んでみると夏には無い冬場の魅力も見えてくるのです。これは四万十町で生まれ育った人には無い観光客目線を残している移住者にしかわからない部分かもしれません。

 

カヌー

 

協力隊が考える冬場の魅力とは「寒いことを除けば快適である!!」ということです。高知は南国というイメージがありましたが、南国とは思えない極寒の日もあるし雪も結構積もります。

 

雪

 

気温は低くても天気が良い日はポカポカと気持ち良いし、虫が少ないのです。虫がとにかく大嫌いだというわけではないけど、夏だと蚊みたいな害虫とか、カゲロウみたいな害の無い虫まで大量に発生して、家の中でもどこからか入り込んできた虫が這いまわっていたり飛び回っていたりで、慣れてきたとはいえ虫が多いといろいろと面倒なのです。冬だと外に出る時にも虫除け対策をしなくてもいいから楽ですね。

 

落葉樹

 

そして少し山に入ると、草が枯れていて落葉樹は葉っぱを落としているので見通しがいいのです。水平方向にも遠くまで見えるし、上を向くと空がよく見えます。こんな山の魅力を楽しめる林道トレッキングツアーの企画もやっていきたいですね。

 

夕焼け

 

なんかうまくまとめられなかったけど、今年はこんな事やりたいなと思っている中で実現させたい事を書いてみました。

 

 

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