じぇじぇじぇ( ‘ jjj ’ )からじゃじゃじゃへ!盛岡からお伝えします

2015/07/17

 

じゃじゃ麺

 

 やっほー!じゃじゃ麺の国、岩手県盛岡市からこんにちは。藤野と申します。この写真は私が大好きな盛岡三大麺のひとつ、じゃじゃ麺です。ジャージャー麺とは違うので、以降お見知りおきください!

 これから盛岡を中心に、仕事でうろうろする地域やおいしいものの様子を伝えていきたいと思います。盛岡に行ってみたいな!ついでに住んじゃいたいな!そんな人が増えることを願いつつ。どうぞよろしくお願いします。

 

 

盛岡市ってどんなとこ?

 

 まずは私がいる岩手県盛岡市についてご紹介します。盛岡市は岩手県の県庁所在地で、人口30万人都市です。岩手県のフォルムは、「左を向いた人の横顔」に似ていると思うのですが、そうだと思い込んで眺めた時の、目のあたりが盛岡市です♪じーっと見ていると、悪そうな顔つきに見えてきました。

 

盛岡市

 

 

 そして盛岡市、なんとなく、群馬県にも似ていますよ。盛岡駅は東京駅から新幹線で約2時間ちょっと。青森にも秋田にもほど近い内陸部なので海は見えませんが、「岩手富士」とも呼ばれる岩手山があり、北上川をはじめ大小の川が流れています。現在は石垣だけが残っていますが、城下町だったので、昔ながらの町並みも一部には健在。文化と自然とほどよい都市機能が共存する町です。

 東北では仙台(宮城県)が絶対的な都会ですが、盛岡は仙台ほど東京っぽくないところが「らしい」のではないでしょうか。盛岡出身の友人たちはだいたい盛岡が好きですが、転勤をきっかけに盛岡を気に入り、転職したり、おうちを建てて移住してしまう人もけっこういるのです。

 

 盛岡を紹介しましたが、私は海育ちです。盛岡には高校時代の3年間だけ住んでいました。当然ながら、海しかも外洋を臨むような開けた景色が周囲にないので、当時の私は岩手山に圧迫感を感じ、窮屈な気分でした。この感覚が、盛岡育ちで盛岡在住の友人に言わせると「たまに行く東京はどこまでも平野!山が見えなくて不安に駆られる。」のだそうです。感覚が逆。育った環境って後々まで影響するんですね。

 そんな私も30代になって盛岡の良さが分かるようになりました。私は2012年に会社を退職して起業しているのですが、2014年末から活動拠点を盛岡に移しました。久しぶりに住む盛岡は高校時代から様変わりしたところもたくさんありますが、今では「常に岩手山とある盛岡」を気に入っています。人って変われば変わるものですね。

 

 

岩手山あるある

 

季節は違うのですが、岩手山の2枚の写真をご覧ください。

 

岩手山

 

 上の写真は、岩手山を南から臨んだもの。比較的町なかの、夕顔瀬(ゆうがおせ)橋からの撮影です。向かって左側がなだらかですね。

 下の写真は、盛岡市からさらに北上し、岩手山を北から撮影したものです。向かって右側のほうがなだらかで、形が上の写真とは反対ですよね。「裏岩手山」と呼ばれています。

 

盛岡市

 

 

岩手移住計画って?

 

 岩手移住計画は任意団体で、発起人の手塚やその仲間たちとボランティアで活動しています。詳細は手塚のいなかマガジンで♪

 プロフィールに「苦手なものは飲み会」と書いたのですが、手塚と知り合ったのは奇しくも飲み会でした。共通の知人がドタキャンしたため、私にとってそこにいる全員が初めてという過酷な状況でした。でもその日、初対面の私を手塚は快く泊めてくれました。電車が発達している首都圏と違い、田舎の飲み会は代行タクシーかホテルが必須です。本来ならホテルを予約するところ、この時はなぜか図々しく頼んでみたのでした。ちょうど彼女が、全国紙の記者を辞めて通称「釜援隊」に転職が決まり、釜石市に引っ越すという直前でした。

 この飲み会をきっかけに、岩手移住計画のキックオフミーティングに呼んでもらったり、同じ場所で顔をあわせたりするうちに、共通の知人も増え、私はいつからか岩手移住計画をひっそりと手伝うことになりました。本業が別にある仲間同士の任意団体ということと、普段、手塚は釜石市にいるため、直接会うのは月に一度あるかないかですが、今はネットがあるので特に困ることはありません。

 

 

春風に乗って登場

 

春風

 

 プロフィール写真では馬に乗っているのですが、これはマーブルマーケット(花巻市)というマルシェ的イベントに出かけた時の一コマです。生まれて初めて馬に乗りました。

 この馬は競走馬ではなく、山から木材を運び出す「馬搬(ばはん)」のために働く馬で、名前は春風(はるかぜ)ちゃん。元・青森にいた寒立馬です。この日は、現在は少なくなってしまった馬搬職人の岩間さんと共に遠野市からやってきました。岩間さんには以前、取材でお会いしていたのですが、馬に乗ることはなかったので、この日をとても楽しみにしていました。

 山には人の手入れが必要とよく言われるのですが、急斜面であったり、重機を入れられないような山林では、春風ちゃんのような馬が大活躍します。今、この馬搬文化を残そうと奮闘されているのが、写真にも写っている岩間さんたち「遠野馬搬振興会」の皆さんです。

 

 

盛岡の6月の風物詩「チャグチャグ馬こ」がフランスで!

 

 岩間さんたちの活動に注目したフランスの方の招待により、この8月、ペルシュロンという地方で馬搬やチャグチャグ馬このデモンストレーションが行われます。

 チャグチャグ馬こ(口頭では「チャグチャグマッコ」)とは、農耕馬への感謝と安全祈願のために、馬と共に神社に参拝したのが始まりとされる伝統行事です。鮮やかな衣装をまとった馬の一行が、隣接する滝沢市をスタートし、同市内で参拝。そこから片道13キロの道のりを約4時間かけて、今度は盛岡市内の八幡宮まで歩きます。この時、衣装の鈴の音が「チャグチャグ」と聞こえることから名前がつきました。

 

 チャグチャグ馬こ

 

 これらの衣装や馬具一式を、チャグチャグ馬コの関係者の皆さん、保存会や同好会の皆さんがフランスに持っていき、現地の馬を借りて披露するのですが、言葉も違う国で、馬を通じてつながりを確認できるのは素敵なことですね。海を越えて声がかかり、フランスにまでいけてしまう時代!成功を祈っています。

 先日までクラウドファンディング「いしわり」で、この渡航費用を支援していたのですが無事目標金額を達成。岩手とヨーロッパの馬を通したつながり、馬搬の日仏の様子、フランスに招待された理由など、記事だけでも読む価値があるので、ご興味がある方はのぞいてみてくださいね。

【参考:クラウドファンディングいしわり】

馬ッコ in フランス!岩手からヨーロッパへ、”馬ッコ文化”が凱旋します!

 

 さてもう少しチャグチャグ馬こについて。この行事は毎年6月の第2土曜に行われますが、初めて間近で見ました。馬に乗っているのは子供たちで、沿道で待ち構えていた人たちに、手を振ってくれます。道中、疲れて眠ってしまう子もいるとか。でも貴重な経験ですね。

 

チャグチャグ馬こ

 

この日ばかりは馬が主役。今年は80頭ほどが行進したそうですが、行列は一車線を占領し、かなり遠くまで連なっていました。

 

チャグチャグ馬こ80頭

 

 馬たちは長いこと歩きますので、途中で水を飲んだりエサを食べる休憩時間がとられています。もちろん馬糞も出るのですが、人間の掃き掃除と水洗いしてくれるお掃除カーによって、きっちりとお掃除もされるんです♪来年は休憩地点になっている場所で、より近くで見たいと思います。

 

ではまた!

 

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