持続可能な島づくりに向けたMIT吉野の挑戦
MITについて
1.MITの活動の舞台 対馬
私の活動拠点対馬は、九州本土と朝鮮半島の間に飛び石的に位置する長崎県の離島だ。現在、人口は3万3千人だが、若者の島外流出による人口減少に歯止めがかからない。街の中心部を除くほとんどの集落は人口100名未満で、過疎・高齢化も深刻である。
一方で、自然資源は非常に豊かだ。ツシマヤマネコをはじめとして、様々な野生生物にお目にかかることができる。
対馬は、古代より大陸と日本を海上交通で結ぶ交易・交流の拠点だった。特に朝鮮との関わりは深く、中世以降、朝鮮との貿易と外交実務を担い、中継貿易の拠点や迎賓地として栄えた。現在も日本とアジアの国際交流の架け橋となっている。
野生のツシマヤマネコ
2.地域おこし協力隊の卒業生が立ち上げた組織“一般社団法人MIT”
対馬市では、対馬の活性化に新たな風を吹かせようと、平成23年4月に総務省の“地域おこし協力隊”制度を導入した。都市出身の専門性あふれる人材を積極的に受け入れ、地域おこしの新たな担い手として、市長が最長3年の任期で委嘱する。
この制度を利用して移住したのが、北海道大学大学院の水産博士の川口幹子だ。川口は、博士研究で毎年東北大学の私の研究室に遺伝子実験のために短期滞在していた時に同じ釜の飯を食べた仲間だ。
川口が対馬での協力隊の任期満了後に、対馬を舞台に持続可能な島を作ることを目指して2013年3月に立ち上げた組織が一般社団法人MIT(以下、MIT)だ。設立と同時に、MITのマネージャーとして対馬に移住し、MITを作ってきた。
MITは、持続可能な社会を実現するため、対馬の自然資源を活かした産業を育成し雇用を創出したり、人材を育成する事業を展開することで、環境保全および地域振興に寄与することを目的としている。
主な部門は3つあり、見つける部門(地域づくりコンサルティングや環境調査など)、活かす部門(デザイン、商品開発)、つなぐ部門(物販・中間支援業務)がある。この4年間の事業展開とともに新しいメンバーが移住しており、今では非常勤含め8名(理事・顧問除く)が勤務している。
2017年のMITメンバー
MITの事業内容
1.自立と循環の宝の島を創るためのコンサルティング業務
MITの主な収入源は対馬市からの委託業務である。まさに地域活性化のための現場をもつ行政支援型のシンクタンクだ。
平成26年からの2年間は、対馬市のビジョンやシナリオを描く第2次総合計画策定支援の業務に携わった。対馬は向こう10年間で『自立と循環の宝の島』を目指すことになった。現在は、対馬市の域学連携地域づくり推進事業や環境省の環境保全調査の委託業務等に取り組み、対馬市のビジョン実現のための事業を進めている。
MITの強みは、専門性や実践力を持った人材が集まっていることだ。川口と私は、実務経験のある生態学博士号人材(東北大大学認定Professional Ecosystem Manager: PEM)である。萩野友聡も北海道大学の水産の修士号を持っている。
事務局長野冨永健は22年間中央省庁(内閣府)勤務だった元役人だ。某製薬会社の営業課長だった“ねこりん”も8月から新規で雇用している。京都大学大学院地球環境学舎の博士後期課程2年の重原奈津子や福岡で保険のコンサルタントである高倉裕司には調査や営業活動をスポット的にお願いしている。
さらには、MITが対馬に実際に活動拠点があることも売りだ。対馬で暮らし、働く中で、対馬の現状や課題を日々肌で感じ取っているからこそ、現実的で実行可能な計画を提案し、その実行者となることができる。
2.自然共生を目指す佐護ツシマヤマネコ米の取り組み
MITの業務はコンサルティングだけではない。MIT専属のデザイナーである吉野由起子がおり、野生動物のイラストを写実的に描くプロであるため、デザイナーが作るイラストを活かした新しい商品を次々にプロデュースしている。
いずれの商品も、“持続可能性”を伝えられる工夫や思い、環境負荷の低い調達(オーガニックの綿花など)にこだわり、いい商品を高く買ってもらうビジネスを展開している。対馬にある一次産品を“みつけ・いかし・つないでいく”地域商社と“ものづくりLabo”としての事業展開が今後の収益事業の軸としたい。
なお、商品は自社のウェブサイト(サステナブルショップMIT)にて、ネット通販している。商品ラインナップも充実してきており、MITの成長事業と位置付けてさらに商品数を増やしていくために準備を進めているところだ。興味のある方は是非当サイトを覗いてみてほしい。URLはこちら
サスティナブルショップMIT
MITの一番のヒット商品は、“ヤマネコ米”だ。このヤマネコ米のパッケージは、吉野デザイナーが作成したものであり、全国の猫ファンの心を掴んでいる。
絶滅が危惧される天然記念物ツシマヤマネコは、対馬のシンボルだ。生態系ピラミッドの頂点にいるヤマネコが存在するということは、その地域にヤマネコの餌動物が豊富にいることを意味し、すなわち健全な生態系があるという指標になる。
ツシマヤマネコは田んぼでカエルやネズミ、鳥などの餌を獲る。それらのヤマネコの餌の餌である田んぼの多様な生き物(虫)を増やすために、地元の農家が農薬をなるべく使わないでお米を生産しようと奮闘している。
そのお米を、“ツシマヤマネコ米”として販売し、ブランド化している。MITは、このヤマネコ米の販売・営業担当を担っており、私は佐護ヤマネコ稲作研究会という地域団体の物販事務局も担っている。
営業・広報活動の結果、MITが事務局を担ってから、順調に売り上げが伸びており、平成27年度は10.5t、平成28年度は17.5tのヤマネコ米を全国の消費者に届けることができた。20t以上売り上げるのであれば、米穀店として農水省への登録が必要になるレベルだ。
今後もこう言った持続可能な生産と消費に関連するいい商品を作っていき、消費者の意識や行動を変えていきたい。
ちなみに、佐護ツシマヤマネコ米は新米を絶賛発売中だ。佐護ヤマネコ稲作研究会のウェブサイトもご覧いただきたい。PR動画も作成している。
佐護ツシマヤマネコ米
新しいMITの挑戦 ~グローカル人材を育てる~
現在対馬には、年間27万人の韓国人観光客が訪れる。これほどまで海外を意識する場所は日本にはないのではないだろうか。
対馬では、国際交流や自然資源の持続可能な利用やゴミの漂流・漂着等、グローバルな課題であふれている。一方で、過疎高齢化や一次産業の担い手不足等のローカルな課題も目白押しである。
ここは、ありとあらゆる課題が顕在化している場所であり、この島を持続可能な島に変えていくことができれば、日本の各地域のモデルとなると信じている。
また、対馬は、日本の再興に必要なグローバルな視点とローカルな視点を持ち合わせる人材を育成することができる最適のフィールドであると考えている。ところが対馬市には、高等教育機関である大学が存在しない。
そこで対馬市は、全国の大学と連携して、地域づくりの担い手を育てるために平成24年度から域学連携事業(地域と大学の連携)を推進している。
MITは、大学と対馬とのニーズのマッチングを行う中間支援組織としての機能を担っており、大学生のインターンや研究調査の支援も行っている。様々な体験を対馬で提供している。
島おこし実践塾での乗船体験
対馬には、各分野での若い担い手が非常に少ない。この現状を打破するためには、対馬で魅力的な産業を作っていくだけではなく、教育にも力を入れていかねばならない。
今年から、ESD教育のコーディネートも少しずつ着手しており、地元の小学校と立教大学との連携などを支援している。
今後MITは対馬に自然共生型の持続可能な社会を作る人材を育てるための高等教育機関を離島に作りたいと思っている。全国どこにもない一次産業(特に漁業)と経営・人間力を実践的に学べる専門職の学校を構想中だ。
子供達にヤマネコとお米の関係を教えている様子
MITの目指すもの
MITは今後、上述した事業を軸に、対馬を拠点に、自然に囲まれた心豊かな暮らし・働き方を提案していき、若者が集まる自然共生型・資源循環型の持続可能な社会をつくっていきたい。
対馬でそういった社会が作ることができれば、将来的には、対馬での実績を携えて、日本やアジアの人々の考え方や暮らしを持続可能なものへと変えていくきっかけを作れるのではないか。そのためには、MITがまず対馬の生物資源を見つけ・活かし・つなぐプロデューサーとして成長していき、行政や市民を動かしていかなければならない。
2017年6月30日の総会で、私は代表理事に選任された。私は、MIT代表理事として、社員の幸せや持続可能な社会の実現を最優先に考えていきたいと思う。もちろん会社の運営は、私が一人でなんとかできる代物ではない。MIT社員一人ひとりの活躍が絶対に必要だ。
“持続可能性”を合言葉に、自己実現と社会貢献のために社員が主体的に・自発的に自立して事業を展開し、生き生きと活躍し、対馬の人を巻き込んでいける会社を作っていきたい。
社員が目標を見失わぬよう、経営戦略・ビジョン・シナリオを明確にして、共有し、社員や対馬の人との信頼関係の構築に努め、人を動かしていくことが、MIT代表理事となった私の役割だ。それができれば、私は、個人的な夢である半漁半MITも実現できていくと思う。
MITの代表理事としてどれだけの“人を動かすこと”ができるか、私の挑戦は始まったばかりだ。
チカメキントキを初めて釣った時
一般社団法人MIT
代表理事 吉野 元