生い立ち話前編:探検部との出会い そしてニュージーランドへ渡航

 私がニュージーランド在住と言うと、

 

「どうして日本を出てニュージーランドに住むことにしたんですか?」

 

と質問を受けることが多くあります。

 そしてここでニュージーランド全国の旅行のアレンジをしながら、ネルソンにいらして下さったお客様にお会いしてまたまたまず聞かれるのが、

 

「どうしてネルソンに住んでいるんですか?」

 

 そこでこの質問の答えになる、私自身の生い立ちを、今回から前編後編に分けて、お話ししていきます。

 

今の自分 エイベルタズマン国立公園にて

 

田舎に憧れた子供の頃

 私は埼玉県草加市の出身です。山や海などはない関東平野のど真ん中ですが、決して都会ではなく、幼少期の家の周りの景色を思い出すと、ほとんどが田んぼでした。

 空き地でクローバーやれんげ草を摘んだり、田んぼの水路でザリガニ釣りをしたり・・・。特に植物が好きで、小学生の頃に誕生日か何かのプレゼントにおもちゃではなく植物図鑑をおねだりして、変わった子ねぇと言われていたのを思い出します。

 物心ついた頃から、何度も繰り返し見ていた1番のお気に入りの映画は「トトロ」。古民家に住み、野菜作りをしたり、広い田んぼの中や木々の間を駆け回ったりするトトロの世界の生活に憧れていました。

 

 そして小学生時代、毎年夏休みの度に友人達から「おじいちゃんおばあちゃんの田舎に行ってきた」と聞くたびに、友人達が私の知らない世界を楽しんできていることがとても羨ましかったです。

 私の祖父母は2世帯住宅で一緒に住んでいて、親戚も皆関東に居たので、長期休みでも関東から出ることは少なく、ましてや田舎の暮らしを体験する機会はありませんでした。

 

 さらに、中学生の頃には、お気に入りのレンゲ畑の空き地には家が建ち、目の前の田んぼは姿を消して大きな中古車用の駐車場や老人ホームなどに変わりました。

 夏の耳障りな程のカエルの大合唱や、秋に黄金の稲穂が風になびく景色がとても恋しく、ますます「田舎に行きたい」「自然の多いところに行きたい」という思いが強くなっていきました。

 

大学で新潟へ 

 大学選びの時には、関東を出たいと思い、その中でも帰省するのに比較的交通の便の良いところを探していました。

 そんな中、当時インターネット上の情報も今ほどは多くない中、気になるいくつかの大学の名称を入力しウェブ検索をしていて、なんと検索結果の1番最初のページに出てきたウェブサイトのうちのひとつの名前が気になりすぎて、大学の公式ページよりも先にクリックをしてページを開きました。

 

それは、 「新潟大学探検部 掲示板」

 

 子供の頃って、「探検」とか「冒険」とか言う言葉を見ると、やたらとワクワクドキドキしませんでしたか?

 その掲示板を開いてみると、なにやら内容はよく分からないけれど、洞窟探検をしたり、山登りをしたり、新潟県内だけではなく全国各地の自然の中で遊んでいる様子。この謎の探検部というものに心を奪われ、学部よりも先に「新潟大学に行って探検部に入る」ことを決めて受験勉強に励みました。

 

 余談ですが、現在Googleで「新潟大学」とだけ入力して検索しても、最初のページどころか10ページくらい確認しても探検部と名のあるページは出てきません。当時の探検部の大先輩達がいかに時代に先駆けてウェブ掲示板を作成し、アクティブに活動していたかが想像できます。

 

※参考までに、それから20年近く経ち現在の新潟大学探検部のウェブサイトがこちら

 この記事を書きながら発見したばかりですが、我が社リアルニュージーランドのウェブサイトよりモダンでシンプルでかっこいい!!

 

岩手の洞窟 内間木洞 

東日本大震災の影響で今は立ち入ることが出来なくなってしまった、毎年冬に行っていた岩手県の洞窟

 

 探検部はどんな部活だったかというと、私の解釈では・・・

 

「自然の中で遊ぶ」をキーワードに

場所:どこでも好きなところで

内容:なんでもやりたいことを

とき:やりたいと思ったときに

メンバー:その時にやりたいと思った人がやる

 

 具体的には、登山、ラフティング、ロッククライミング、洞窟探検、沢登り、登攀、無人島キャンプ、などは主な活動内容。参加は自由。

 もちろん先輩達がレベルの高い活動(アクティビティ)ばかりしていると後輩達が楽しめないので、新入生向けの簡単な活動も先輩達が企画して連れていったり、これまでに前例がなくても面白そうと思うことはまずやってみたり、レースやコンペなどもあるので、スポ根的練習に励むことも。

 

 私は高校の頃までは、運動が大の苦手で、体育の授業は1番嫌いでした。しかし探検部に出会ってからは、ひとつひとつスキルアップすること、自分の体力が向上していく事、さらにチームが強くなっていくことが楽しくて楽しくて、夢中で活動に参加していました。きっと私は何事も強制されることが嫌いだったのでしょう。

 今でも運動音痴で体力はトレーニングしていない限りすぐに人並み以下に下がるような体質ですが、自分の自由に好奇心の赴くままに生きてみて初めて、身体を動かすことが好きになりました。特に自然の中で身体を動かすこと以上に気持ちの良いことはありません。

 

 このはまりにはまった探検部で、入部当初から私がそのかっこいい背中を追いかけていたのが、いなかパイプスタッフのちかさん(小川知香さん)。男の先輩達にも劣らず活動的でパワフルで、いつも堂々としていて。特にチーム競技であるラフティングでは技術的なことやチームワークについても多く学ばせてもらいました。

 私が追いつくことが出来ないままちかさんが4年で卒業してしまった後、私は大学院まで進み6年間在籍してようやくちかさん以上の風格が出たかななんて思っていたら、ちかさんは就職した会社を辞めてラフティングの日本代表チームに。四国で本物の田舎暮らしをしながらラフティングに励み、2017年には世界チャンピョンになりました。もう一生敵いません!

 

夏山登山の楽しさはもちろん、初めての冬山登山(3泊4日テント泊)で初心者の私に挑戦させてくれたメンバーには一生感謝

 

ラフティング

特に夢中で励んでいたラフティング(楽しいからか歯を食いしばっているのか、笑顔な後部左が私)

 

沢登り

信頼出来る仲間がいないと絶対出来ない、沢登り。沢登りは日本独自のスポーツらしいです。

 

 大学卒業後は、高齢の祖父母とその介護をする母と一緒に暮らすために、埼玉で就職。

 探検部も研究室も新潟自体も大好き過ぎて、新潟を去るときの車の中ではラジオから流れる「ずぅと~、だいすき新潟~」といういつもニュースか天気予報の最後に流れていた音楽を聴きながら涙していました。

 新潟は何地方の県なのかよく分からないところで、電気代はの明細は東北電力から来てるし、ガス代は北陸ガス、NHKの天気予報では関東甲信越に出てくる・・・。

 しかしその分新潟県民の意識はどこの地方に属すでもなく、テレビ局も雑誌も「新潟」と名の付くローカルなものが牛耳っていて、東京に近いからか生活の中に県名が出てくることの滅多にない埼玉で生まれ育った私としては、新潟への愛がすっかりすり込まれていました。

 

ニュージーランド渡航を決めた経緯

 さて就職先での仕事は、食品会社での営業。営業はとてもやり甲斐のある仕事で、今の会社の運営でも、それ以外のあらゆる場面でも活かすことの出来る貴重な経験を積むことが出来たと思っています。

 しかし当時は仕事のことでいつも頭がいっぱいで、忙しく、自分のやり方次第なのでしょうけれど、あまりそれ以外のことを考える余裕がない仕事だったように思います。

 

 たまの休日に行く山登りなどで、改めて ‘本当の自分’ を自然の中で過ごしているときに感じることに気が付き、そこで

「環境を変えたいなぁ」

と思うように。

 そして大学時代に移住したいと思ったことのある屋久島に再訪してみたり、登山が好きだったので山のツアー専門の旅行会社に応募を考えてみたりしていました。

 

 しかし営業としてどんなに怖いバイヤーとでも交渉をする度胸や、相手のために自分が出来ることを見出して信頼関係構築に繋げるスキルなどはあれど、縁もゆかりもない場所にいきなり移住して自分で0から1を生み出すことが出来る自信はないし、登山ツアーの旅行会社は海外の山にも案内するので英語が必要らしいけれど私は英語はさっぱり・・・なのでしばらく何にも踏み切れず。

 

 私は英語が苦手で、海外への興味もある方ではなく、仕事以外での海外は、大学の卒業旅行でタイ、大学院卒業時の旅行でマレーシア、くらいでした。

 海外に興味を持つようになったのは、ニュージーランドに行きを決める直前。環境を変えたいと思っていたのと同時に、働き方について、

 

「海外では(当時の私にとって全世界の日本以外はひとくくり)、ほとんどの人が定められた時間以上は働かず、休みもたくさん取れて、それでも会社がうまく運営されているらしいけど、どうしたらそんなことが可能なのか?」

 

という疑問がありました。

 また、震災後の放射能問題から、大学で少しだけ放射能科学も勉強していた私は日本政府が信用できないような気がしてきて(それまで政治への興味は皆無)、テレビなどではなく自分で正しい情報を得ようと思ったところで、日本語だけでは得られる情報に方よりや限界があることに気が付きました。

 何が正しいのかも分からず様々なことを批判するだけでは気持ちが悪いので、

 

「まずは日本の外から日本を見てみて、海外の人の暮らしや考え方を身体で感じ、英語でも情報を得られるようになりたい」

 

と思ったのです。

 そんなことを考え始めていた頃に、同業者の営業の女の子から、

 

「私、仕事を辞めてワーキングホリデーに行くことにしたの!」

 

と言われ、ワーキングホリデーという制度のことを知りました。

 当時29歳だった私は、これだ!と思い立ち、海外(この時点でまだ全ての国がひとくくり)暮らしについて初めて想像し、ワクワクし始めました。この好奇心から来るワクワクは、最高の原動力です。

 余談ですが、この時その友達には、

 

「占い師さんに、<ワーキングホリデーのことを周りの人に話しなさい。そうするとあなたの話を聞いた人に動くきっかけを与え、その人の人生に大きな変化をもたらします>と言われているの。愛ちゃんに響くんじゃないかと思ってるんだ♪」

 

と言われていました。

 占いなどは好きなタイプではあったのですが、少しあまのじゃくだった私は、誰かに自分の人生を決められているようで、ワーキングホリデーに興味はあるけど予言通りになりたくないな、なんて思って少し躊躇っていました。

 しかしその躊躇は全く保たず、3日後には

 

「私会社やめてワーキングホリデーで海外に行くわ」

 

と決意、当時既に9年以上付き合っていた彼氏に宣言していました。

 その後に職場の上司に、その後に母(我が家は母子家庭)に伝え、決意が揺るぐことは全くありませんでした。

 今思えば、占い師さんの言葉は私の事だけを指していたわけではないと思います。海外で暮らすという体験は、誰にとっても異文化を体感する機会を与え、間違いなく人生観を変えるものです。

 これを読んでくれている人達にとっても何か少しでも新しいことに挑戦するキッカケになればと思います。

 

渡航先をニュージーランドに選んだ理由

 それまで「海外」に無知だった私は、まず29歳でワーキングホリデービザが取得可能な国を確認しました。その時点でもう以下の3つに絞られます。

 

・カナダ

・オーストラリア

・ニュージーランド

 

どこも移民の受け入れに積極的な多民族・多文化国家です。

 この中でニュージーランドに決めた理由は、「アウトドアを色々と楽しめそう」で「1年間(ビザの期間)で国を全部見ることが出来そう」だからです。

 他の2国に比べて、ニュージーランドは圧倒的に小さいですし、世界地図を見ただけでもその土地の緑の割合が高く、自然が豊かそうなことは一目瞭然。

 

 そして後から私の決断を後押しするかのように、探検部時代に打ち込んでいたラフティングレースの世界大会がニュージーランドで開催されるために、日本国内のラフティングのイベントで招待されていたニュージーランド選手を目にしたり、仲良くしているラフティングツアーの会社の社長がニュージーランドの大ファンでニュージーランドに繋がりのある人を紹介してくれたりして、どんどんニュージーランド行きが楽しみになりました。

 

 私はあまり色々なことを自分で調べて、分析して考え抜いてから物事を決めるタイプではありません。もうニュージーランドに行くと決めたときには、それだけで心が晴れ晴れしていて、不安なんてひとつもありませんでした。

 

 私の生い立ち話前編はここまで。次回はニュージーランドに渡った後のお話しをさせてもらいます。ご拝読ありがとうございました。

 

 ここからはおまけ。 今のニュージーランドの様子を少しだけお伝えします。

 

10月のニュージーランド

 ニュージーランドには四季がありますが、南半球に位置するため、日本とは季節が真逆になり、10月は春です。

 

ニュージーランドの春

2020年10月1日撮影 

 

 我が家のりんご農園では全部で12種類のりんごを生産しています。全ては生食用です。

 そしてりんご農園の中には、出荷用に栽培しているりんごの他にも、珍しい木がたまに植えられています。この写真に写っている全体的に赤紫っぽい木やその奥のピンク色の花を咲かせている木がそうです。

 いくつかの他の果実と同じように、りんごも別の品種を混植することで受粉したときの結実する確率が高まります。その目的で植えられているこれらの木々は、りんごの原種に近い種類なのだそうです。秋には日本で言う姫りんごのような小さなりんごの実をつけますが、食用には適しません。

 

蜜蜂の受粉

受粉を助けてくれるのは蜜蜂さん達。開花の時期は近所の蜂屋さんが農園に蜂を連れてきてくれます。

 

りんごの木

2020年10月10日撮影 もうりんごの花は満開の季節を終え、花びらが散っています。雪が降った後みたい。

 

ニュージーランド国花 コーファイ

ニュージーランド国花「コーファイ」 9月~10月に開花

 

 ニュージーランドの原生林はほぼ全てが常緑樹で出来ているので、森は通年青々と茂り季節感はあまりありません。

 そんな中、コーファイは数少ない落葉樹(全9種類、半落葉樹もあり)。ヨーロッパやアジアから落葉樹が輸入されてくるずっと前から、ニュージーランドの春の訪れを告げる花として原住民マオリからも親しまれていました。

 そして葉を持たずに満開の花を咲かせるその姿は、他に落葉樹を見ることがなかったマオリ族にとっては、その鮮やかな黄色一色に輝く見た目からも奇跡の木と言われ、実際にマオリ族の伝統療法では植物の全部位が利用されていたり、黄色い花弁は染料としても使われていました。

 

 コーファイの花の蜜は、ニュージーランド固有種の野鳥の大好物。写真に写っているのは「Tui(トゥイ)」です。

 花の蜜を好むニュージーランドの野鳥は、歌声が美しいのも特長。ニュージーランドの野鳥は警戒心が薄く、特に原生林を歩いているときにはたくさんの可愛い見た目と鳴き声の野鳥に出会うことが多くあります。

 森をウォーキングする人達に近づいてくる鳥さんもいますし、ネイチャーガイドと一緒に歩けば、特定の植物の様子(花が咲いている、実がなっている、など)や土地の特性からどんな野鳥が近くにいる可能性があるかを見定め、また鳴き声から同定し、近くにいる野鳥を見逃すことなく一緒に観察することが出来ます。

 ニュージーランドでのネイチャーウォークにご興味のある方はリアルニュージーランドまでご相談下さい。

 

クライストチャーチ近郊の宿

クライストチャーチの近くの宿泊施設 リビングエリア

 

クライストチャーチ近郊 夕焼け

クライストチャーチの近くの宿泊施設 デッキからの夕焼け

 

 10月上旬、私の住むネルソンから車で4~5時間ほどのクライストチャーチに行ってきました。クライストチャーチはニュージーランド南島で1番大きな都市。

 所用にて最初の数日は市街地に宿泊していたのですが、どうしても自然に近いところに滞在したくて移動し、海の近くへ。といっても中心街まで車で20分です。受付のないコテージのようなところですがとても快適で、のんびり出来ました。

 

 クライストチャーチの紹介したいところもたくさんあるのですが、長くなってしまうので今回はここまで。最後までお読み頂きありがとうございました。


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