刈谷貴泉からみた佐々倉玲於
2012/10/02
- 執筆者 刈谷貴泉
- 所 属株式会社四万十ドラマ
皆さん、こんにちは。四万十ドラマの刈谷です。
3回目の登場です。今回は何を書こうか本当に悩みました。
書きたいことはたくさんあるんですけど、なんせ写真がない!笑)
さすがに写真がなくて文章だけのブログはちょっと悲しい。
で、悩んだ末に今回はこのテーマにしました!
題して、「刈谷貴泉からみた佐々倉玲於」。笑
そう、皆さんもご存知のとおり、このいなかマガジンを発行している
「いなかパイプ」代表でもあるレオさん。
今の僕があるのはレオさんのおかげと言っても過言ではないのです!
そんなレオさんについて、僕、刈谷貴泉から見たレオさんを、
出会い~今に至るまでを今回は書こうと思います!
エピソード1「レオさんとの出会い」
レオさんとの出会いは、私が大学院生1年生のとき。
大学の授業に乱入?してきたようなイメージでした。
10人程度の少人数での授業で、先生は渡邊先生(僕のいなかマガジン1話目を参照→)でした。
その日の授業は、渡邊先生の知り合いの外部講師の方が埼玉県から招かれており、
しかもワークショップ形式で進行していき、普通の大学の授業とはだいぶ変わっていました。
ワークショップ形式なので、その場の参加者の状態や望む内容で、授業内容も変わっていきました。
その中で、「私(外部講師)の知り合いで、今まで沖縄で活動していた人で、
これから高知で活動していく人がちょうど高知に来ています。授業に呼びましょう!」
みたいな感じで来たのです、レオさんが。笑
なんかある意味、ノリみたいな感じもあったような・・・笑
「今どこ!?街?あっ、俺も近くにおるで!合流しようぜ!」
的な友達と遊ぶときみたいな感じすらも。。。一応、大学の院生の授業です。笑
で、レオさんは普通に授業に溶け込んでました。
これが、佐々倉玲於さんとの出会いでした!この出会いが、すべての始まりでした。
▲佐々倉玲於さんご本人の写真
エピソード2「レオさんがきっかけで四万十ドラマへ、十和へ。」
この出会いから約1、2年ぐらいまったく、レオさんのレの字も聞かない日が続きました。
が、事態は急変します。ちょうど大学院の2年で卒業の学年になり、
就職先を探していたときのことです。渡邊先生から
「四万十ドラマで職員を募集してるよ。担当は、あのレオさんが。」
『なに!あのレオさん!?』
ナイスタイミングでした。レオさんがいるということは、この会社は、
おもしろいことになっていそうだなと。しかも四万十ドラマは願ったりかなったり。
元々、大学では地域に入って活動をしており、就職先もそういう方向で考えていました。
さっそく、1次試験の履歴書を出し、2次試験の面接に行き、
そして3次試験の約1週間の現場研修に行きました。
1週間の現場研修で一番印象に残っているのは、「飲み会」でした。
飲み会中にレオさんより、「この飲み会も3次試験の一環だから!」
ほほぅ、おもしろい!気がついたら、僕だけ、全然知らない隣の席にいた人たちと飲んでました!笑。
今、このいなかマガジンを書けていることを感謝いたします。あードラマへ就職できてよかった!泣
とまぁこんな感じで、レオさんがいたから、この四万十ドラマへ来ようと思ったわけです。
そして、十和で暮らしていくことになったのです。
▲ファシリテーター佐々倉玲於さん。皆さんも一回は見たことがあるはず!?
エピソード3「レオアイの最強結婚式」
レオさんとの出会い~今に至った経緯はこんな感じです。
話は変わるようですが、私は今年結婚しました!
そして、結婚式は2人が出会った場所、高知県黒潮町の砂浜美術館でするという野望が何年も前からありました!
▲Tシャツアート展などやっている砂浜美術館。まさしくこの砂浜でやります!
まぁ所謂、『超オリジナル結婚式』。それが間もなく実現しようとしておりますが、
実はレオさんに先にこされたのです!
レオさんと、レオさんのお嫁さんであるアイちゃんは、
なんと道の駅四万十とおわで『超オリジナル結婚式』をやってしまったのです!
▲川舟で新婦が下ってきたり、初めての共同作業が餅つきやったり、ライブしたり・・・etc。
僕も、この道の駅四万十とおわで結婚式やります!日時は乞うご期待!
その後、沖縄と松山でも結婚式を行ったレオさんとアイちゃん。さすが、レオさんですな!
エピソード4「レオさんあれこれ」
さぁこっからは番外編。レオさんのあんなところやこんなところ。お見せします。
見せてもいいですかレオさん?いなかマガジンのためです、レオさん、怒らないでね♪
▲普通に眠るレオさん・・・
▲・・・と思いきや実は、ツタンカーメンのように眠るレオさん。
▲レオさん5秒前。
▲レオさん5秒後。
・・・
「刈谷貴泉からみた佐々倉玲於」。どうだったでしょうか?
こうやってレオさんをふりかえると、やっぱりレオさんのおかげだなーと思うことが多々ありました。
レオさんをお手本として、今後も十和で暮らして行きたいと思いますー☆