女漁師・今野きつ子　－自然と共に生きる－

2016/06/14

 

　雄勝半島の南の先端。細い坂道をゆっくりと下っていくと、小さな漁村が姿を現します。雄勝町桑浜。ワカメや昆布、ホヤなどの養殖のほか、ウニ、銀鮭、アワビなど天然の海産物にも一年を通して恵まれている、静かだけれど彩り豊かな漁村です。北西の強い風が吹くので海が荒れることもしばしばですが、それが過ぎると波がとても穏やかになり、そんな時は海のものがよくとれるんだと浜のおばあちゃんが教えてくれました。

 

 

そんな桑浜に住む今野きつ子さんは、ベリーショートのヘアスタイルがよく似合う元気いっぱいの女性です。

 

 

 　漁をする時はいつも旦那さんと一緒に船に乗り込み沖へ出て、男性に負けないくらい、いや、男性が負けてしまうくらいバリバリと海の上で働きます。「漁師は自分の天職なの」と嬉しそうに語るきつ子さん。とにかく海が大好きで、一番幸せなのはお気に入りの浜辺に座って海を眺めている時。そして海からの恵みが美味しかった時、海の上で美しい朝日を見た時、きつ子さんは漁師をやっていてよかったと心の底から思います。

 

 

　女川町にある実家も漁師の家系とあって、自然に対する敬意を人一倍持っているきつ子さんは、毎朝浜に出る前と夕方浜から家へ帰る時、必ず自然に向かって両手を合わせます。震災で津波の被害をもろに受けてからは、特に自然の力に感謝するようになりました。

　きつ子さんが好きなのは海だけではありません。時間を見つけては山へ登ったり（しかも月山や七面山など本格的な山登り！）、漁の傍ら畑で野菜を育てていたり（白菜、キャベツ、さつまいも、にんにくetc…）、山菜やクルミを山から採って来たりととにかく自然に触れていることが好きで、落ち着くのだそう。

 

 

海と山。自然の恵みを一身に受けて生活しているきつ子さんに、どんな気持ちで漁師の仕事をしていますか？と問いかけると、少し迷ってから出てきた答えは「仕事はどうって……楽しいよ？」というとてもシンプルでストレートなものでした。季節ごとに漁の種類が替わっていくことが、大変だけど楽しい。収穫した海の恵みを食べた人たちの「美味しかった」「こんなに美味しいもの、今まで食べたことがない」という言葉が嬉しい。そういった喜びが、きつ子さんの生きる原動力になっています。

 

 

　そんなきつ子さんでも、震災後は海を見ることすらできない時期が長く続きました。

　2011年7月、いつまでも怖がっていたら浜で生きていけないからと震災後初めて海に向かった時は、足がすくみ、心臓はバクバクと音を立て、半分泣きながらやっとの思いで漁に出ました。そうやって少しずつ海との距離を縮めていき、大好きな海で再び仕事ができるようになったきつ子さん。春はワカメと昆布、夏はホヤとウニ、秋は銀鮭やアワビと今では一年中大好きな海で仕事をしています。

 

 

それからもうひとつ。今野家では、2015年の秋から「桑浜漁師民宿」という民宿の営業も始めました。

 

 

　料理上手なきつ子さんが、目の前の海と山からとってきた食材で作るご飯は、その日とれたものによって献立が変わるので何が出てくるかはお楽しみ。

　いつもほっぺたが落ちそうになるくらいおいしいご飯を出してくれるきつ子さん。料理上手の秘訣は、旅行好きが高じて全国の美味しいものを食べ歩いているうちに舌が肥えたことだそう。

　ここまで読んでいただいてわかる通り、きつ子さんは多趣味！そのバイタリティ溢れる姿は見ているだけで元気がもらえます。得意料理ははらこ飯とウニご飯。でもナメロウも煮魚もホタテご飯も、何を食べても外れがないばかりか大当たりしかありません。

 

 

　そんな贅沢で美味しいご飯に加えて、きつ子さんお勧めの山歩きガイドや漁師の仕事体験もできる桑浜漁師民宿は、唯一無二のとっておきの民宿です。

　この民宿を始めたのは「震災後に全国から来てくださった人たちへの恩返し」。大きな被害を受けた桑浜で民宿を開き、人々が集まれる場所を作ること。家族みたいにくつろいでもらい美味しいご飯を出してあげられたら、今までお世話になった人たちに喜んでもらえるのではないか。そんな想いをこめて、民宿を始めました。

 

　オープンからまだ半年も経っていませんが、すでに何人もの人が泊まりに来ており、そのうちの大半は震災前、震災後、何らかのきっかけで今野さん一家と出会い、再び会いに来た人たちです。とってもパワフルなきつ子さんと、そんなきつ子さんの旦那様であり後ろからさりげなく支える今野清郎さん。静かな佇まいのなかに温かさを滲ませる清郎さんのお母さん。そんな今野さん一家は、一度出会ったら有無を言わさずまた会いたくさせてしまう力を持っています。

 

　自然を愛し、自然と向き合い、自然と共に生きる幸せを何よりも大切にしているきつ子さんに、会いに来てみませんか？

 

 

 

（写真：鈴木省一）