「革人」池田崇物語・その5 ~革人オープン~
物件探し
賃貸情報誌を見て不動産屋を訪れ、いくつかの候補のエリアを車でウロウロし立地が良くて安い物件探し。そして賃貸情報誌に沖縄本島の北部にナイスな物件を発見。世界的にも有名な『美ら海水族館』のある本部町。
美ら海水族館には当時、年間300万人の来場者があった。その通り道に、10坪・倉庫付き・家賃5万円。不動産屋に電話すると、今日は日曜日やから休みですと。
え!?日曜日やのに不動産屋が休み?
あとで知ったんやけど、沖縄の不動産屋は日曜日が定休日って普通みたい(笑)。とにかくすぐにこの物件を見たいと言うと、見に行ってもらうのは結構やけど中には入れませんよと。明日の月曜日に鍵を渡すから、中を見てちょうだいって。
とにかくせっかちなんで、電話を切るなりすぐに見に行った。その物件の前に立った瞬間、鳥肌が立った。
『ここしかないな』と直感でそう思った。
軽く中を覗いてみた。いい感じや!もう一度不動産屋へ電話をし、「先程電話をした者ですが、本部町のこの物件を借ります」と告げると、不動産屋の社長は笑いながら、「明日カギを取りに来てください」と。
翌日、物件の中に入った。
10坪のテナントは、スタートするにはちょうどいい大きさ。不動産屋からは「中は好きに触っていい」ということやったんで、友達の力を借りて全部自分たちでやった。
ホームセンターでDIYをするための道具や材料を買い、壁や天井を剥がし、壁には漆喰を塗り、床板を貼り、棚やテーブルを作り、内外装のペンキを塗り、ほとんど自分で作った。
大阪におった頃はDIYなんかほとんどしてなかったけど、子供の時からモノ作りは好きやったし、わりと得意でもあった。自分で店を作るのがめちゃめちゃ楽しかった。レストランのバイトと店作りの毎日は2ヶ月間続いた。
ここにテナントを借りた理由がもう一つある。
10坪のテナントの横にある倉庫として使っていいという古民家。ここは不動産屋が倉庫としてタダで使ってもいいってことやったけど、そこを掃除して布団を敷いて寝てた。別に部屋を借りると、またそこで家賃が掛かるし、そんなお金は無かった。
その古民家は天井や床や壁と至る所に穴が開き、ネコ・ネズミ・ゴキちゃん・ムカデ・シロアリが侵入し、ホンマに酷かったなぁ。
トイレはかろうじて水洗やったけど、しゃがんでするフラットタイプ。ガス屋に頼んで、給湯器とシャワーを付けてもらった。最初は外でシャワーを浴びてたけど、隣のアパートのおばちゃんからクレームが来て、トイレの壁に穴を開けて、中にシャワーを設置してもらった。
ホームセンターで簡易バスを買ってきて、フラットトイレの上に置き、湯を溜めて入ってた。今の流行りで言うと、グランピングみたいな生活。いや、そんなええもんやなくてもっと酷いな。
「いつかここから這い上がったる!」
そう自分に言い聞かせた。寝る間も惜しんで働こうと。特に抜きんでた才能の無い人間がより上に行くためには、人の倍働くしかない。
革人オープン
そしていよいよ2008年1月1日に、革細工の店【革人(かわんちゅ)】をオープンさせることが出来た!
なぜ1月1日のオープンかというと、1年の始まりの日で縁起がいいし、告知するのに分かり易いし、後々忘れへんから。そしてこの業界で一番になりたいという想いから。
初めて革を触ったのが2007年2月末やったから、約10ヶ月目でオープンに漕ぎついた。専門的な学校へ行ったり、どっかで修業したわけではなく(革教室に数回行っただけ)、革屋で働いたこともない自分が、僅か10ヶ月で店を出すなんて今思えば無茶な話やけど、年齢はすでに35歳やったし、とにかく一日でも早く自分の店を出したかった。
「店を出しさえすれば、なんとかなる。いや、なんとかしてみせる」
といういつもながらの根拠のない自信。
あれこれ考え過ぎたら前に進めへんから、とにかく勢いで出した感じ。オープンしたはいいが、財布・小銭入れ・ライターケース・ストラップ・ブレスレット・ベルト・・・。1月1日に急いでオープンしたから、商品アイテムが少ない!
一人で始めたし商品は基本手作りやから、一日に作れる数も限られる。しかも内装もまだまだ手を加えなアカン箇所がいっぱいあるから、とにかく忙しくて。オープンしてからも商品作りと内外装の工事で、最初の半年間は無休で12時間ぐらいは働いていたなぁ。
覚悟
そしてこの【革人】を立ち上げに対して、ひとつ決め事がある。
「もし革人がうまくいかへんかったら、腹を切って死んだる」
これは決して冗談ではなくて本気でそう決めて、親や友達にも宣言した。今まで何をやってもうまくいかず、それを他人のせいにして逃げて来たから、「もうこれが最後」と決めた。背水の陣で、いわゆる覚悟。
死ぬ気になれば何でも出来るって、あれホンマです(笑)。もがいてあがいて這いつくばって、必死でなりふり構わず、寝ても覚めても革の事を考えて・・・。
「革ぞうりの誕生」へ つづく