いなかパイプの働き方開発〜私の1年間の振り返り〜

 早いもので私が四万十に来てから1年が経ちました。秋冬の間は四万十を離れ、佐川町の司牡丹に出向していましたがいなかパイプ在籍1年が経とうとしています。
 4月に四万十に戻りまずしたことはこの1年間の振り返りでした。仕事を組み合わせた私なりのいなかパイプでの働き方ですが、この振り返りを見て働き方の可能性を感じてもらえたら嬉しいです。

 

インターン期間(5月〜6月の29泊30日)

 

【道の駅よって西土佐】

●直売所

品だし、袋詰め、備品整理

●ストローベイルSANKANYA

売り場業務 月に一度のケーキバイキングの為、通常の売り場が人手不足になるので売り場全般をひとりで行う。

●鮎市場

仕込み手伝い。鮎コロッケや鮎飯など、売り場に出すものの調理の手伝い。スッポンを捌いたのが印象的。センスがあると言われその後何度も捌かせてもらった。

 

 四万十にきて初めての仕事場。道の駅の業務では仕事内容ももちろんだが、町の風土を少し感じる事ができた。
 スタッフの人達とお客さんの距離の近さが居心地が良かった。駅長の大介さんの人柄がとても素敵。駅長自ら動き、外に出向く。アグレッシブ。駅長自身が道の駅そのもののように感じた。

 

【カヌー館】

●ツアーガイド

受付だと思って行ったら、、、

館長「カヌー乗る?」
私「乗りたいです。」

 初日のこの会話からカヌーガイドへの道が始まった。スパルタ指導の元まずはまっすぐカヌーを漕ぐ事から。私たちガイドが乗るカヌーはお客さん用のものと違ってコントロールが難しい。
 6月の閑散期ということもあって空いた時間は先輩ガイドと川にでてひたすら漕ぐ練習や細かな技術の習得、レスキューの特訓もした。ツアーに同行させてもらい、実際のコースを下りガイドの一連の業務を見せてもらう。

 

初めての川下りで調子に乗って転覆 

 

 川を下る前に行う陸上講習や、お客さんを引率する練習も行い、四万十市観光協会の方を招いてプレガイドデビューとしてガイドを経験させてもらうことができた。
 カヌーを始めてカヌー館研修10日目くらいだったと思う。まさか2週間のインターン期間の中で自分がプレといえどガイドデビューするとは思ってもみなかったので尋常じゃなく緊張したが充実感も高かった。

 

入社(6月13日)

 

 1ヶ月のインターンが終わり正式に入社。初日は早速十川中学校のWSの手伝い。大川村出張同行。

 

オフィス近くの四万十川 坂を下ればすぐ川に出られる

 

7月

 

カヌー館
忙しい週末や修学旅行対応のときのみ出向

 

いなかマッチインターンシップ コーディネーター業務
インターン希望者とのやり取り(日程調整等)、スカイプ面談同席、インターン先との日程調整やインターン中のミッション内容の確認

 

8月

 

カヌー館
繁忙期の為、月の半分ほどカヌー館に出向

 

 スキルアップをする為、朝練・夕練を皆でよくやっていた。サブとしての役割が分かり、より自分のポジションの重要性を感じた。
 以前はリーダーがいるからと少し安心しきっていたところもあったが、40.50人のお客さんを数人のガイドでツアーするとなると逸れる人や、前に進まない人など様々な人が居てリーダーに頼れない場面や、私自身がお客さんグループを先導したりとフレキシブルに動かなければいけないことが増え、スキルアップをしたいと思うようになった。

 特訓といっても単純にカヌーが楽しかったので夢中で練習し、夕練といいつつ川遊びを皆ですることも
あったのでこの夏を凄く楽しめたし8月が一番濃い期間になったと思う。

 

繁忙期後、ガイドの皆と川下り

 

 ツアー後の片づけ作業は、なかなかの重労働で腕の筋肉がつきすぎてタンクトップを着るのを躊躇するようになった。
 力はある方だけどあの重いカヌーを持ち上げトラックに積みあげていくのは慣れるまで本当に大変だった。(今も大変)

 

いなかマッチインターンシップ コーディネーター業務
初日・中間・修了研修、送迎、日報の確認

 

 7月にメール・電話でやりとりしていたインターン大学生が四万十へ到着し、本格的に初めてのコーディネータ業務が始まった。

 人に教えたり指導したり、ましてや研修を行うという経験がほとんど無かったので相手の理解を得られるかは心配だった。

 このインターンシップはミッションが決まっているものだったので、日報や中間研修、宿舎の食堂の雑談などでミッション達成に向けて進んでいるかを気にするようにしていた。

 印象に残っているのはミレイちゃんという20歳の大学生の女の子で受入先の態勢が整っておらず当初のミッションが達成できないかもしれないという状況になったとき、自身が得意としているSNSを使った方法で道の駅の情報を発信し、自分のインターンが終わってからもそれを続けてもらおうとマニュアルを作成し道の駅に残していった。

 成果うんぬんよりも、方向転換をし柔軟な行動に私も見習わないといけないと思ったし、SNSに疎いアラサーパイプ女子達にインスタグラム講座までしてくれた。

 やっぱり田舎の情報を伝えるにも、都会の手法を取り入れないと。発信することがとても重要。

 

9月

 

●いなかマガジン記事執筆

 記事の執筆作業もほぼ初めての業務だった。これから移住したい人向けに、私がなぜ四万十に辿り着いたのかという経緯を綴るいなかマガジンを書いた。
 実際自分自身も移動するときは経験者の体験談を調べたり、聞いたりしたいと思うし「経験に勝るものなし」と今でも思っている。

 文章を読むのは好きだし、言葉を発するのは好きな方だと思っていたので、実体験でも在るし結構すらすら書けるもんだと思っていたが、書き始めるとなかなか完成しなかった・・・。
 文章はかけてもこれでいいのかと、書いたら削除の繰返しで。人に見せる文章だから読みやすく、こんな個人しかわからないようなこと書いてもなあ、ここ赤裸々に書きすぎた恥っ!とか、諸々考えが巡って完成しなかった。そもそも自分自身のことを表にさらけ出す事は嫌いだったなと改めて思った。

 それでも文章にすることですこし自分でもすっきりした。言葉にして相手に伝える事はいなかパイプに入って少し成長した気がする。

 

10月

 

10月からはいよいよ日本酒造りの為に司牡丹へ出向。

●蔵掃除
 最初の1週間程はタンクやチューブ掃除やセッティングし酒造りの準備をした。正直この最初の1週間が身体は一番辛かったかもしれない。
 ブラシでタンクや壁をこするのを続けていて、上を見続け腕も上げ続けて動かすので腕がパンパンになった。

 

●麹造り(ムロ)

 1週間たったくらいから麹造りがはじまる。最初はムロ担当の二人の作業をひたすら見学し作業を覚える。

 

●モロミ造り(仕込み)
 ムロの更に1週間後くらいから仕込みが始まった。

 

 あらかじめタンクには酒母が入っており、その中に洗米が送られてくる米が送られてくる間1人が混ぜ続け、1人がタンク内のモロミの温度を測り随時報告する。私はその温度計りをしていた。(たまに混ぜる作業もやる。←櫂入れ)

 もう一人の蔵人と1週間交代でムロと仕込みを兼任していた。酒の仕込みは午前中には終了し、午後は毎日片付け。

 

11月

 

●麹造り(ムロ)
●モロミ造り(仕込み)

 

 11月は作業の継続。毎日同じ作業の繰返しをする。

 10月のムロの作業は、誰かが作業を見てくれていて分からないところは聞きながら作業をさせてもらっていたが、11月に入ってからはひとりで作業を担当する事も多くなってきた。

 

友人宅にて、司牡丹のお酒で晩酌

 

12月

 

●麹造り(ムロ)
●モロミ造り(仕込み)

 

 12月に入るといままで吟醸酒の仕込がはじまり麹造りや仕込みの場所も変わってきた。
 ムロに関しては吟醸用の麹を作るため手作業での麹造りがはじまった。(普段は温度管理や麹の移動などベックスという機械を使用していた)
 技術が必要になってくるので吟醸用の麹造りは見学のみだったが、テレビや漫画で見るような酒造りのイメージどおりの風景だったので、日本酒をつくっているんだなという実感がより湧いた。

 

 業務内容とは別に毎年12月は東京農大の学生の研修受け入れもしていて2週間ほど研修にきていた。12月は忘年会もあり農大の先生や、歴代の研修生も参加していた。
 今回の研修生のひとりは「東京に司牡丹があったら就職したい」といっていたし、忘年会に参加するのが6回目という元研修生もきていて司牡丹の居心地の良さを感じた。

 実際私自身も蔵に慣れるのも早かったし、蔵の皆も本当にかわいがってくれていて出来る作業は積極的にやらせてもらえた。

 

1月

 

●麹造り(ムロ)
●モロミ造り(仕込み)

 

 フジワラテクノアートの社員の方が研修にきていた。司牡丹で使用しているほとんどの機械がフジワラテクノアートの機械で、特にムロで使用しているVEX方式完全無通風自動製麹装置を使用している蔵は多くは無く、このVEXの為に司牡丹の蔵見学にくる他社も多いそう。

 

蔵の大将!本当に可愛がってもらった

 

2月

 

●麹造り(ムロ)
●モロミ造り(仕込み)

 

 2月末で最後の麹造りが終わり作業も落ち着いてきた。

 利き酒の体験も何度かさせてもらい、利き酒の機会がある度に練習をさせてもらった。日本酒を普段呑む事はなく味の違いを感じるのは最初難しかったが、「利き酒は回数をとにかくこなす事」と教えてもらった。

 微々たる物だとおもうが、日本酒に触れているうちに最初の頃よりは違いがわかるようにはなってきたと思う。

 微生物学など全く関わってこなかった分野のことだったが、実際自分が酒造りにかかわる事で興味がどんどん強くなっていくのを感じていた。
 分からないことがあれば専門分野のことでも丁寧に教えてもらえたし、休みの日に図書館にいけば醸造や生物学、日本酒の本に自然と目がいくようになった。

 

昔から伝わる日本酒の搾り 槽搾り

 

3月

 

●モロミ造り(仕込み)
●蔵掃除

 

 3月上旬には最後の仕込みも終わり、後は上槽を待つのみとなった。あとは蔵の掃除をひたすら行った。
 3月の末に利き酒の大会があるのでその練習に加わらせてもらった。本番同様の利き酒は初めてで、10種類の日本酒を線でつなぐというものでまず1~10の日本酒を10分間で利き自分なりにコメントや特長を残す(自分だけがわかるコメントで良い)
 そのあと5分休憩し、次にA~Jを10分間利く。最初の1~10の日本酒とどの日本酒が同じ銘柄かを紐付けする。その正解率で順位がきまるというやり方だった。

 わたしは正解は3つだったが、利き酒を個人でできる機会なんてなんてなかなかないので本当にいい経験をさせてもらったし、日本酒への興味も強くなった。

 利き酒だけでなく、日本酒を造る工程もできる事は経験させてもらえたし手が空いて他の部署に顔を出せば快く受入れてくれて、作業を手伝ったり見学させてもらえた。

 実際他の蔵がどうなのかは分からないが、司牡丹だからこそ任せてもらえた作業も経験も多かったと半年間、蔵で働いて感じた。

 

2019.04.15 JAM

 


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