漁師34年 一弘さん

2016/04/18

 

 岩手県から宮城県にかけて長く続くリアス式海岸。入り組んだ地形が特徴のこの海岸で一番南に位置するのが、宮城県石巻市牡鹿半島です。牡鹿半島には小さな漁村が約30点在しており、そのうちの一つに牡蠣養殖が盛んな福貴浦という浜があります。丹精こめて作った牡蠣もさることながら、福貴浦の人たちの一番の自慢は仲の良さ。「こんなにまとまりいいのおらほ(おれたちの浜)くらいだべ」「んだべなぁ」と言い合う言葉のなかに、浜への誇りを感じます。

 それから、田舎にはよくあることですが福貴浦は人口の半分以上が「阿部さん」です。「阿部さーん」と何気なく呼ぶと、「んぁ?」とあちらこちらで人が振り向きます。だから浜の人を呼ぶときは決まって下の名前。今回はそんな福貴浦に住む、阿部一弘さんをご紹介します。

 

福貴浦の人たち

 

 遡ること今から三十数年前。漁師の家の息子は地元の水産高校に進学するのが当たり前だったその時代に、中学3年生の一弘さんは普通高校を選びます。口に出したことはありませんでしたが、将来は漁師以外の道へ進むことを密かに考えていたんだそう。かといって「これがやりたい!」と強く思う何かもまだ見つからない、そんな高校生活のスタートでした。

 学校が休みの日は漁業の手伝いをしなければならなかったため、日曜日が嫌いだった学生時代。漁師として働く父親の姿は一弘さんの目にも格好良く映っていたそうですが、自分が漁師になることには漠然と、しかし強い抵抗感を抱いていました。それなのに、将来のことを考えると漁師をする自分の姿ばかりが浮かんできたというから不思議です。

 

 そんな自分の道を模索していたある日、忙しそうに働く両親の姿と、偶然聞こえてきた「あと2年もすれば一弘も一緒に働くようになるから」という言葉。両親は、一弘さんが漁師になると、当たり前のように信じていました。偶然耳にしたその言葉が、一弘さんの気持ちを動かします。自分たちの後を継いで欲しいという両親の気持ちに応えようと心を決め、高校卒業と同時に漁師の世界へ足を踏み入れました。

 普通高校出身で漁師になった一弘さんは、水産高校出身の漁師たちから「エリート」などといわれたりもしたそうですが、一弘さんからすると水産高校で知識も経験も蓄えてきたほかの若手漁師の方が、断然エリートに見えたといいます。

 

「水産高校出てないからってほかのやつに負けてたまるか。」

 

負けず嫌いの一弘さんは、人一倍仕事をこなすようになりました。

 一弘さんの仕事は牡蠣漁とわかめ漁。10月から1月の間は剥き牡蠣の出荷が最盛期。そのあと3月半ばから4月末くらいまでがワカメの収穫時期となるので、約半年間は全力疾走。その代わり、残りの半年は比較的穏やかに時間が流れます。この期間は牡蛎の種付け作業や漁具の整備など翌シーズンに向けた準備をする時期でもありますが、漁師さんたち自身が次の全力疾走まで鋭気を養う期間でもあるんです。全力疾走の時期は本当にハードですが、だからこそ「力を抜く」ことの大切さも、漁師さんたちは知っています。

 

 ロープに挟まっているのがワカメの種

ロープに挟まっているのがワカメの種

 

 

 高校を卒業してすぐ漁師になった一弘さんも現在漁師暦34年。いつの間にか浜の中でも中堅といわれる立場になっていました。最初は嫌だった漁師という仕事。34年続けてきて、今何を感じていますか?と尋ねると、返ってきた言葉は意外なものでした。

 

「やっと少しわかってきたって感じかな」

 

わかってきたのは漁師という仕事の魅力と大変さ。

 

「漁師ってのは、誰かに作業を与えられて言われた通りにこなす仕事じゃないだろ?自分で考えて自分のペースでできる。稼ぎたいやつはバンバン働くし、最近疲れてるなと思ったら休んだっていい。自分のやりたいようにできるのが漁師の魅力だ」。

 

 確かにそれは魅力的かもしれませんが、裏を返せばすべての責任を自分ひとりで背負うということにほかなりません。若い頃はそれこそやりたいようにやってきたし、体に無理もさせてきたという一弘さん。でも結婚して子どもが生まれ、自分も年齢を重ねていく中で、背負う責任も大きくなっていきます。特にここ数年は、家族のことだけでなく浜の将来、漁業の将来についても考えるようになり、より一層の厳しさも感じています。それでも頑張れば頑張った分だけ自分に返ってくるこの仕事に感じるやりがいもまた、年々大きくなっています。

 

忙しい時期は食事も船の上

忙しい時期は食事も船の上

 

 

 漁業だけでなく、一弘さんは浜のことも昔より好きになったと話します。浜の魅力を強く感じるようになったのは子どもが生まれてから。小学校では1年生から6年生までみんな友達。海と山に囲まれ、遠出をしなくても周り中が面白い遊び場です。子どもの頃は磯へ行ってカニ捕りをしたり、山へ入ってアケビや桑の実を採って食べたりしていたという一弘さん。昔と比べると今はだいぶ環境が変わったそうですが、それでも玄関を出たらすぐ目の前に自然が広がっている豊かさは子どもにとっても大人にとっても宝物です。

 そしてそんな子どもたちを見守る、浜のおじいちゃんおばあちゃんたち。もちろん悪いことをすればうちの子もよその子も関係なしで叱ってくれます。まさに地域ぐるみの子育て。都会では失われつつある自然の営みや人と人との繋がりが、ここでは脈々と受け継がれている。子どもを育てるのにはすごくいい環境だと一弘さんは太鼓判を押します。

 

阿部一弘さん

 

仕事も浜も、年を重ねるごとに「いいな」と思うようになってきました。

漁師暦34年。

「今は漁師になってよかったと心から思ってる」。

 

 

 

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