家 まち 暮らし、カコ 今 ミライ ①私のお友達
初めまして! 今回から新潟県上越地域の田舎情報をお届けして参ります、ソーシャルデザイナーの池田なつ記です。よろしくどうぞ♪
さて上越地域の情報と言いながら、第1回目は私のお友達をご紹介させてください。
私たちはいわゆる「波長が合う」というやつなのか、つい先日も6〜7年の付き合いのようなノリでお喋りしていたら
「でも私たちが出会ったのって去年ですよね」
「えっ、まだ1年ちょっと!?」
と体感と実際の暦のギャップにポカーン、あははは、という一件がありました。そんな間柄です。
私のお友達、エリさんです。
吉田恵理さん38歳、北海道札幌市出身。結婚前は関西で金融のお仕事をされていたそうです。今現在は幼い二児(園児&未就園児)の母で核家族世帯のため、家事育児が中心の生活をされています。
夫の昌幸さん・愛称まーくん(青森出身)とは大学〜大学院の先輩後輩(まーくんが先輩)で、2009年にまーくんの職場が新潟県上越市に決まり、翌2010年にエリさんも関西から上越へ移住して来られました。そして結婚へ。
まーくんは上越教育大学にお勤めで現在は准教授、経済学がご専門です。教育大学ですので、そう、「先生の先生」をされています。
そんなエリさんご一家は上越市の「高田」と呼ばれる地区の在住です。ご自宅のある「大町通り」には昔ながらの朝市が残っていて、先日、一緒に二七朝市(にしちのあさいち)を散策してきました。
二七朝市:通年で二と七の付く日に立つ市です。朝市と言っても卸市場のような早朝ではなく、朝8時頃〜昼前11時頃までやっています。
ここは高田オブ高田と言っていいくらい、高田のド真ん中エリアです。が、ご覧の通り現代的な「都市」の雰囲気は皆無(笑)のまち並み。この朝市もご覧の通り観光朝市ではなく、売り手・買い手ともほとんどが地元の生活者の皆さんです。
エリさんは上越に来られた当初から、このまち並みを
「きれいだな」
「いつか住んでみたいな」
と感じていたのだそうです。
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十代の頃の私 「え〜! まじで??」
↓ 四半世紀 ↓
今(40)の私 「エリさんまじハイセンス!!」
エリさんの暮らす「高田」とは。
実は「高田」と表記される住所地名は今はもう存在せず、でも駅などの各種施設や団体名等にはあちこちに残っている、という・・・
地域外の方には解りづらい呼び名なのですが、これって、田舎あるあるですよね? え、ない? ・・・ある? よね?(・▽・)?
夜桜が有名なこちらは「高田城址公園」。今年、名称変更され高田公園から高田城址公園になりました。ただし城址のみで城は無く、この写真の建物は城ではなく三重櫓のレプリカです。
上越市は1971年に「高田市」と「直江津市」が合併して上越市になりました。その名残で今も「高田」「直江津」というエリア呼称が残っていて、市役所や文化会館等は高田と直江津の境目あたりの「春日山」と呼ばれるエリアにあります。高田市民と直江津市民の喧嘩にならないよう、間を取って春日山にしたんだそうです(笑)。
時を経て2005年、名称は「上越市」のままに、いわゆる「平成の大合併」で周辺の13町村が併合し現在に至っています(私は大合併によって上越市民になったクチです)。
「上越市」という市名は、新潟県を県西・県央・県東で大別する時に使われる上越(じょうえつ)・中越(ちゅうえつ)・下越(かえつ)という地域呼称から取られたもの。紛らわしいのですが、上越新幹線の上越(=上州・越後の頭文字)とは別ものです。
しかも「上越地域」と呼ぶ時には糸魚川市・妙高市も含まれるので、上越市が上越と名乗ることに少なからず違和感を持っている上越市民がいます。ズバリ私です。きっと同じ意見の上越の民は他にもいるはず・・・。個人的には「くびき野市」へ改名希望ですが、その話はまたいつか。
大合併した13町村にももちろんそれぞれの歴史がありますが、高田・直江津・春日山はそれぞれ古くからの歴史があります。有名どころで、春日山なら皆さまご存知、上杉謙信のお膝元。
直江津は昔話『安寿と厨子王』や北前船の港などでしょうか。あ、そうそう、今年は世界最大規模の売場面積だという「無印良品 直江津」ができて世の中をざわつかせました(笑)。
さて本題の「高田」はというと、謙信公ほど華やかな知名度はありませんが、徳川家康の子・忠輝が築いた高田城を中心に発展した城下町です。幕末まで続いた「高田藩」が明治の廃藩置県によって「高田県」となり、なんやかんやあり「新潟県高田市」へ。
「◯◯高田」という地名(自治体)は今も全国各地にあると思うのですが、当地の高田がシンプルに「高田」なのは、ここが最初の「高田」だったからだそうです。なのに最初に無くなっちまったのよねー。 なんだか他の高田に申し訳ない。今は昔・・・。
それではそんな高田のまちの写真をご覧ください。先ほどの朝市・大町通りとは別の場所ですが、同じ高田の一部。私の職場からほど近くの「南本町通り」です。
ご覧になって、どんな印象でしょうか? 私は上越出身・在住(Uターン組)なのですが、少なくとも10代の頃は「なんだかガチャガチャした古臭いまち」としか感じていませんでした。「どうせ田舎だもんなぁ〜」と。
ところが移住して来られたエリさん(当時28歳)は、このまち並みを「きれい」と感じたのだそうです。私はそんなエリさんの感性に、しみじみと、感動、するのです・・・。
エリさんのとの出会い 雁木のまち再生~旧今井染物屋
若かりし日の私はこのまちの味わい深さをまだ知らず、何の面白みもないただの田舎町としか感じていませんでした(ザ・普通の子! 笑)。紆余曲折あり今ではむしろ
「このまちの面白さをもっと知ってよ、みんな〜!」
と両手をブンブン振り回しながらニコニコ生きていますが、そんな逆行が起きたのはほんのここ5年ほどのこと。
私の変化に、大きな影響を与えてくださったのがこの方です。
一般社団法人 雁木のまち再生の代表理事で「せきゆうこ設計室」を営まれている、一級建築士・関由有子さんです。
「雁木のまち再生」は2016年設立。高田を中心とした雁木のまち並みと町家を、活用しながら保存・継承していくことを目指して活動されている団体です。私はほんの微力ながら、この団体のお手伝いをしています。
関さんとは法人設立の前年に出会い、2年間に渡ってWebコラムを執筆いただいたのがご縁でした。関さんの文章を通して私の「まちを見る目」が生まれ変わったのです。プロ建築士の語るまちや建築のお話って、深くて面白いんですよ!
▼ご興味のある方はこちらをどうぞ。
あどば電子版「風と共に来たる」 第1回~12回 / 第13~24回
関さんとのお付き合いをきっかけに、まちの歴史や建築のアレコレを見聞きさせていただくようになり、そして「近々、法人を立ち上げるつもり」と伺って、ごく自然な流れでお手伝いをさせていただくようになりました。
雁木のまち再生には、あともうお二人の理事がいらっしゃいます。
上越司法書士事務所アイビス 代表、司法書士の岩野秀人さん。
お仕事柄、不動産情報などで世間の耳目に触れる手前の段階にある空き家(または空き家予備軍)の情報にお詳しく、近年その急増ぶりから関さんと志を共にされ、雁木のまち再生の法人設立へと動き出されました。
そして3人目。
翻訳家で日本在住歴四半世紀超、ニュージーランド出身のクリス・フィリップスさん。
この自転車も服装も自前で、レプリカやコスプレではなく身の回りのほぼ全てを本物のヴィンテージとアンティークで揃えて生活されている稀有な方です。人気番組『YOUは何しに日本へ?』にも確か過去3回くらい登場していたと思います(笑)。
この国の「古き良き」を蘇らせることにガチまじ本気の実践者。少し前にYouTubeで Chris Phillipsチャンネルを開設されました。ぜひご覧ください。今ある動画は全て英語ですが大丈夫、面白いですよ~。
関さん・岩野さん・フィリップスさんはいわゆる「アラ還」世代ですが、皆さんそれぞれに20~30年近く、つまり今の私やエリさんくらいの歳の頃から、まちや人々の暮らしを見つめ、それぞれのフィールドで想いと活動を積み重ねてこられた方々です。
そしてここに集結し「雁木のまち再生」を設立、次世代への継承のため動き出されたと・・・ご縁あって、そんな経緯を知ったからには! 私も! お手伝いせずには! いられません!
実は今年6月で一区切りとなったところなのですが、法人設立以来取り組んできた事業のひとつが上越市所有の江戸町家「旧今井染物屋」の運営受託でした。
受託内容は、見学客に建物を案内する仕事も含め、「町家活用のための社会実験」です。私はその裏方仕事をお手伝いしていました。
旧今井染物屋。来年以降、市の施設としての活用を本格始動するため、今は改修工事(耐震・防火などの適合工事)の最中です。
高田のまちのいちばんの特徴である雁木町家を、人々の集う場として活用し、保存・継承していく。その方策を見出すため、まずは色々なかたちで人を集め声を集めましょうと、足掛け5年、勉強会やお楽しみイベントなど様々な企画を催してきました。
そしてハイ、やっと話が戻ってきました。この染物屋イベントにたびたび参加くださっていた方のおひとりが、吉田恵理さんだったのです! 去年の夏前頃に初めてお目にかかり、その後あれやこれやとご一緒するようになり、お友達になりました。
旧今井染物屋のグリーンカーテン設置のワークショップ(写真提供:エリさん)。昨年、エリさんは上越市の情報サイト「じょうえつ高田・ワーク・ライフ」で移住者ブログを執筆されていました。その記事のひとつ「街中育児のススメ」より。
この旧今井染物屋もまた大町通りにある町家です(上越市大町5丁目)。高田は旧城下町ですので、いわゆる「碁盤の目」で大町通りはそのひとつ。冒頭の二七朝市も、エリさんのご自宅も、この大町通りです。
大町通り(上越市大町1〜5丁目)、端から端まで歩くと20〜25分。
実はこの旧今井染物屋のあるあたり(=大町通りの北側エリア)には、四と九の付く日に開催される「四九朝市(しくのあさいち)」もあります。
大町通りの一本西側の本町通り(上越市本町)がその名の通り高田のまちのメインストリートで、そのさらに西側の仲町通り(上越市仲町)はこれまた古くてディープな飲屋街です。
この3つの通りをつなぐようにして、このマップの下部(南側)を横に走っているのが先ほどの「南本町通り」。それぞれに見所があるのですが、高田のスポット紹介はまた今度に。
高田のまちを選んだエリさんの感性
今では私もこのまちをおもしろい、素敵なまちと感じていますが、それを「きれい」と表現したエリさんの感性が独特だな〜とも思えて、ズバリ訊いてみました。
──「きれい」って、どんなところがですか?
「私の生まれ育った札幌って、新しいまちなんです。だから古いものや景色がすごく新鮮で、惹かれるんですよね。関西にいた頃は京都のまち歩きイベントなんかも、よく参加してたんですよ。その頃からすでに『こういうところに住んでみたい』という気持ちがあって」
──ほうほう。
「上越に来たら、京都とはまた違った趣のまちが広がっていて『わ〜きれいだな』と思ったんです。普通は電柱や電線は『景観の邪魔』って言われますけど、そういうものも全部ひっくるめて、人の営みが積み重なって作られてきた風景だから、私は好きなんですよね。夕焼けの町家の景色に電柱のシルエットとか、私はキュンとしちゃう。昭和感、みたいな(笑)」
──ああ~・・・、わ か る!笑
昔はわからなかったけど、今ならわかります私にも! でも今これを読んでくださってる方が「いや、わからん」だったらホントすみません、それは私の伝え方が足りてないのです。初回に免じてご勘弁ください。
結婚してから最初の数年はまーくんの教員宿舎(市内)で生活し、その後は直江津の賃貸メゾネットに転居。長女ちゃんが生まれ、育児環境も考えての家さがしが始まり、現在お住まいの家の購入に至りました。
2016年の秋に空き家となっていた高田・大町の雁木町家を購入し、リノベーション工事を経て2017年の2月に入居。壁の漆喰塗装や子供たちのための小さなリノベーションは夫婦ふたりでDIYしながら、今は町家で暮らし始めて3回目の秋です。
それではご覧ください、吉田夫妻が暮らしている素敵なリノベ町家です!
ホント素敵・・・。そしてこの家に暮らし始めた翌年に生まれた次女ちゃんも、まもなく2歳です。
吉田家の次女ちゃん(お父ちゃんに激似)。スーパーのウインナーは食べないという次女ちゃんも、このキッチンカー「もぐら屋」さんの手作りウインナーは元気よくガブリ!
「移住前、古い友人たちには『上越ってどこ? よくそんな田舎に行く決心ついたね』とか『頑張ってね・・・』みたいなコメントを何度となくもらったんです(笑)。私も最初の数年は『スタバも無い田舎だよ〜※』なんてネタにしてたんですけど」
※重要度の低い情報ですが、今は2軒あります。笑
「でもここに暮らすようになって・・・私、本当に、今が人生で一番楽しいんですよね」
と、しみじみと語ってくれるエリさんなのでした・・・って、でもこれ、インタビューでも何でもなく、普通に友人同士のランチタイムでのお喋りのなかでエリさんが語ってくれた言葉なんですよぉ〜!(嬉涙)
──楽しいって、どういうところが?
「自分が、地域や社会の一員だって実感が持てるところかな。『暮らす』ということへの満足感というか、充実感がすごく高いんです。札幌でももちろん友達とお出掛けしたり、普通に楽しんで暮らしていたはずなんですけど、人間関係も暮らし方も、もっとアッサリしていたというか・・・」
「高田のまちには『自分たちの手でまちを良くしていこう、作っていこう』って動き回ってる人たちがたくさんいるんですよね。そういう方達とのつながりができて、暮らしをつくるとか、まちをつくるとか、自分がその一員としてここに生きているっていうのが全部つながった感じ。本当はこの歳でこんなことを言うのはお恥ずかしい話なんですけど、選挙でも自分の1票の重みをすごく感じるようになりました」
こんな言葉をもらった日にはもう……地元民、感激・感涙・感謝の舞です。しかも「そういう方達」のひとりに「なつきさん」とまで言ってもらえて、、、エリさん・・・しゅき! /(//ω//)/ ←単細胞
まったく、まーくんてば良い人つかまえたなぁー!!上越教育大学は良い人採用したなぁー!! おかげで私はとても素敵なお友達ができて幸せ!! 笑 高田のまちを見付けてくれた吉田夫妻に、心から感謝しています。
そしてそんなエリさんと不肖わたくし、ある日、一緒に出掛けた先での出会いから・・・予想だにしなかった上越ワンダーランドストーリーが始まるのです。続きは次回! お楽しみに!
というわけで第1回は私のお友達、吉田恵理さんのご紹介でした!最後までお読みいただき、ありがとうございました♪