米俵の作り方を教わってみた

 

 3月31日に年度末のあわただしい中、米俵づくりのワークショップに参加しました。こういうモノづくりをじっくりする時間が最近取れてなかったのでとても良い機会になりました。天気のいい日に外で大勢で作業できた事は年度末で事務仕事に追われていた中での一服の清涼剤になりました。

 

 私自身はわら細工はまあまあかじっている方で、縄をなうのは夏場もトマトの茎を支柱に括りつけるためにやってますし、冬は飛渡第一小学校(うちの校区の小学校で私の子供も通っています)のわら細工の講師として草鞋づくりを子供たちに教えたりもしています。ですが、米俵を作るのは初めてですので全くやり方がわかりません。今回はしっかりと教えていただきましたのでやり方を記録しておこうと思います。

 

 まずは米俵を作るための道具を紹介します。これは名前はわかりませんが、縄を括り付けておもりになる道具です。

 

縄を括り付けておもりになる道具

 

縄を括り付けておもりになる道具2

 

縄を括り付けておもりをセッティングしたらこんな感じになります。この木の馬のようなものも名前がわからないのですが、とても重要な道具です。

 

おもりをセッティング

 

わらを50cmの長さにカットし、写真のように木の馬の道具の隙間の空いたところに5~6本ずつの束にしてのせます。藁の束を縛るようにして縄を括り付けた木のおもりが2つある方を1つだけ反対側に持って行きます。

 

木の馬の道具

 

これをどんどん繰り返していきます。

 

どんどん繰り返す

 

すると、徐々にむしろのようになって下に垂れ下がっていきます。

 

むしろのように

 

これが地面に届くまで繰り返します。その長さは約70cmです。

 

地面に届くまで繰り返し

これが米俵の側面の部分になります。

 

 今回は大人数でやったので、この作業と並行して上蓋と下蓋を別の人たちが作りました。藁を短くカットしたものを真ん中で縛り、これを下の写真のように広げます。

 

藁を短くカットしたものを真ん中で縛り

 

その後上の方も広げてその上に抑えになる円盤をのせて踏みます。

 

円盤

 

その体勢で一つかみずつ藁の端をもって下の写真のように織り込んでいきます。

 

織り込む 米俵づくり

 

織り込む 米俵づくり

 

これを繰り返し、蓋にします。完成した裏側がこのような状態になり、

 

蓋 完成した裏側

 

表側はこういう状態になります。

 

蓋 完成した表側

 

米俵の側面部になるむしろは筒状にしてから縄で縛ります。

 

むしろは筒状に

 

その後、蓋を縛るために縄を米俵の側面部に編み込んでいきます。編み込んだ縄は7つのひっかけられる部分になります。

 

編み込んだ縄

 

この後、米俵の側面部に縦に縄を通します。2本の縄を1往復ずつ上下逆に通します。

 この辺は文章で表現するのがとても難しく、写真だけ見てもわかりづらく、実際に目の前で見てみないとなかなかわからないのですがご了承ください。昔の技術を活字で伝えるのはとても難しいです。

 

米俵の側面部

 

こんな形になるように縄を通しました。本来であればむしろを編むときにこの縄は編み込んでおくのが正しいやり方だそうですが、今回は忘れてしまっていたそうです。

 

縄を通す

 

 いよいよ完成が見えてきました。続いては蓋をのせるために端っこを折り曲げます。この際、中に型を入れた方がやりやすくなります。今回は段ボールを巻いたものを入れました。昔は鉄の型があったそうです。

 

端っこを折り曲げる

 

蓋をのせて縄で縛ります。

 

蓋をのせて縄で縛る

 

星のような形にして縄を縛るそうです。このような形になります。

 

星のような形にして

 

最後に写真のように三か所縄で2重に縛ります。結ぶときは男結びで結びます。

 

三か所縄で2重に縛る

 

これで完成です。

 

米俵完成

 

 今回の米俵はお米10kgぐらい入るのを想定した大きさです。蓋の直径は25cm、高さは45cmでした。制作にかかった時間は休憩を含めても2時間半ぐらいでした。最初に想像していたよりは短時間でできるんだという風に思いました。何人かで分業でやれば工場のような形である程度まとまった量を作る事もできそうだと感じました。

 一通りの作業の流れはわかりましたが、作れと言われると正直まだ自信がありません。今回いくつかの作業を実際にさせて頂き、自分がやった部分についてはまあまあわかったのですが、やっていない部分や男結びのやり方など、まだまだ分からない部分も多いです。

 

 こういう作業工程を見て感じたのは一体誰が米俵の作り方を考え付いたのか?という事です。よくこんなに複雑な作り方で藁から入れ物を作ろうという風に思ったもんだなと感心します。おそらく現代人だとこんなことができるという発想が浮かぶ人はいないのではないかと思います。昔の人の知恵は本当にすごいと感じました。

 ただ、こうした昔の知恵を持っている人はだんだん少なくなってきています。まさに今こそがこのような昔の知恵を継承できる最後のチャンスであると思います。ですので、このような形で写真や文章に記録する事で少しでも昔の知恵を後世に継承するための役に立てばと思います。ただ、書いてて思った事ですが、写真や文章で昔の知恵を100%残すのは無理なので、この記事のような記録を一つの説明書の位置づけとし、本来であれば作り手がある程度の量を作って活用できるような仕組みを残していく事が必要であると思います。やはりこういうのは経験を何度も積み重ねて体で覚えないとなかなかできるようにはならないと思いました。

 

 ちなみに今回作りながら聞いた話なのですが、昔は青森の人は新潟の米をよく買っていたそうです。青森では昔は気温も低く、品種改良も進んでなかったので俵が作れるほど長い藁がとれなかったそうです。なので、新潟の米が送られてくる際に米俵に入ったお米が届くわけですが、その新潟から届いた米俵を再利用して青森のお米は出荷されていたそうです。興味深いお話なのでこれも記録として残したいと思います。

 

 

 

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