ない人募集って何?①

 今いなかパイプでは絶賛「ない人」募集中です。

 

ない人募集

 

 この「ない人」ってなんだろうって思ってる人もいるんじゃないでしょうか。僕もその一人なので、ない人を僕なりに整理したい!と思ったので書いてみます。書いたら勝手に整理されてくるので。

 

天秤

 

「ない」ってネガティブワード?!

 

 まず、気になったのが、「ない人」ってネガティブなの?ポジティブなの?ってことでした。

 「『ない』が『ある』に変わる」と言われてしまうと「ない」から「ある」に変えたほうがいいのかな?って思ってしまう。ぼくは、そこに一番引っかかった。

 いなかパイプスタッフなんですけど、引っかかるもんは引っかかり、気になることは伝えるのが会社の方針なので社内でも話をしました。

 ない人募集で応募者に「あなたのないを教えて下さい」という質問事項があります。これを読むと、世の中にはたくさんのないがあるんだなぁと拝見させてもらっています。

「ない」というと募集記事にもあるところからみると

  • 自信ない
  • 経験ない
  • 資格ない

 など一見ネガティブワードにみえますが、よくみてみるとその「ない」はネガティブな「ない」ばかりでなく

  • こだわりがない
  • 便利を求めない

 などポジティブな「ない」があることがわかります。

 

 例えば

 

 自信がない人(ネガティブない)

 不安がない人(ポジティブない)

 

 これをひとくくりで「ない人」はこういう人だ!とまとめるのは難しそうですよね。応募の内容もネガティブ、ボジティブどちらの「ない」も書いている人がいるので「ない」という言葉そのものに善悪も強弱もなく中立だということが分かります。

 

で、ない人って?

 

 じゃ、結局ない人って何?ってなるんですが。確かに、いなかパイプに来る人や高知には「ない人」に当てはまるような人が多いような気がします。

 

 僕が感じている「ない人」っていうのは、「何かに限定していない」というかんじの「ない」です。感覚的なことなので伝えるのが難しいですが・・・

 例えば、田舎には何かを達成したいという明確なビジョンを持って暮らしている人は都会よりは少ないような印象です。

 そういう目標を持っている人はこれまで都会に出る傾向が強かった。だから、何か”ある”若者は田舎から都会や国外に出て行きます。(今は田舎に目的もって移住している人ももちろん増えているんですが、その話はまた後ほど。)

 

 それよりは、田舎には来たものを受け入れたり、予想外のことが起こっても動じることなくそこに対処出来るような、どちらかというと変化に対応出来る人が多いような気がします。

 それができるのはその人が「何かに限定していない(捕われていない、執着していない)」からです。だから、ないは「限定してない」の「ない」なのではないかという感じです。

 執着を手放すとは、仏教徒が目指している極みでもあるので、「ない」の最高峰は悟りなのかもしれません。道のり遠そうだけど。笑

 

僧侶

 

 逆に都会には何か明確な目標があったり、目的をもって生活している人達が多いような印象です。新しいことが都会で起こり発信される、またはそういう場に人が集まり、都会になってくる。

 なので、都会という場が目的を持つ人が集るのは当然なのかもしれないですが。

 

 そういう人が集って出来ている環境だから、都会とは関係ないような教育、思想、デザインなどの構造も目的・目標を立てて物事を進めたり、効率性、機能性を重視するようなやり方が多く見られます。

 的を絞って、そこに目指す力みたいなものが「ある」ということかなと思います。つまり「何かを限定している(決めている)」というやり方。

 西洋文明は「ある人」たちが創ったものなんでしょうね。だから、西洋的価値観での大成功みたいなことが「ある」の最高峰なのかもしれない。

 

都市

 

 全てを受け入れている大自然の場が持っているエネルギーと、日々新しい技術が生まれている大都会の場が持っているエネルギーではそれぞれが全く性質の異なる環境なのでそこに住む人達の性質の影響も出て来るのはある意味当然です。

 

ある、ないのバランスを取る生き方

 

 僕は都会と田舎と西洋と東洋で暮らした経験があるのでその違いがいつも面白いなぁと思っています。

 「ある人」「ない人」「都会」「田舎」など、お互いを対比して違いが分かったら、その次のステップは、その違いを融合したり、認めあったり、協力することが必要になるんじゃないかなと勝手に思っています。

 「ある」「ない」は性質の違いだから、どちらが良い悪いではなく、どんな人にもどちらの要素も少なくともあります。一つの性質だけで生きている人なんていないですからね。

 

 男性と女性みたいなものだから、男性女性って社会の中で決められた性別では別れているけど、二人の人がいると、どちらかは同じ性別でもどっちよりってあると思うんです。どちらかにならねばならないといってもなれるものではなく、一人の人の中で男性性、女性性のバランスを取るように「ある」「ない」のバランスを取るんじゃないか、というのが今のところの僕の結論です。

 チームではどちらかを無理に目指したり、「ある」「ない」をジャッジして良い悪いと判定するのではなく、それぞれの個性として認めて、チームが「ある」「ない」のバランスをとれるような調和をとることに力を入れるほうがよほど生産的です。

 

 いなかパイプは都会と田舎を融合しているのは実は「ある」「ない」の融合にも取り組んでいる!のかもしれません。(知りませんが。たぶん。笑)

 書いてるとどんどん、妄想が広がって、更に書きたくなるんですが、長くなるので今日はこの辺で!

 そうそう、大事なことを一つ付け加えると、個人的には「ない人がある人になる」を目指さなくてもいいと思っています。バランスは必要でしょうが、ないも個性として生きて行く道もあるでしょう。

 ない方が生きやすい。

 もっと言えば都会よりも、田舎の方が生きやすいと直感的に感じている人はきっと「ない」要素が強い人なんだと思います。

いなかパイプはそんな「ない人」を募集しておりますので、お気軽にお問い合わせを〜

 

▼ない人募集

https://inaka-pipe.net/company/nothing/

 

また、気が向いたら「ある」「ない」話のつづきを書きま〜す。

 


▼コメントをどうぞ

    • 「いなかドア」四万十のドアを開けてみませんか?

    • 吉尾洋一