家 まち 暮らし、カコ 今 ミライ ⑤ 衝撃の1dayレストラン

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執筆者 池田なつ記
所 属

2021/02/19

 新潟上越からこんにちは、ソーシャルデザイナーの池田なつ記です!

 

新潟について

 

 さて~今回の〈〈〈上越マメチシキ〉〉〉は?? たしかまだ一度も触れていない妙高市に参りましょう♪

 妙高市は平成の大合併(2005年)で新井市が妙高村・妙高高原町を編入し、「妙高市」という新しい市名を冠してひとつの自治体となりました。

 今も各地区ごとにまちの特徴はそれぞれ異なるのですが、妙高山(みょうこうさん)が市のシンボルである点は全妙高市民異論はなかろうと思います。

 

妙高山

春~初夏頃の妙高山です。

 

 んで! この妙高は数えきれないほどのスキー場の密集地帯なのですが、今の時季、わたくし池田・運動音痴・なつ記にとってはスキーやスノーボードよりも温泉! 温泉! 妙高で温泉と言ったら皆さ~ん、赤倉温泉(あかくらおんせん)ですよ~♪

 

赤倉温泉

 

 全国どこでも温泉が楽しめる火山列島・日本ですが、もちろん新潟県にも良い温泉が揃っています。

 というわけで、赤倉温泉のここがすごい! ベスト2!!(普通3でしょという常識は軽率に破ってGO)

 

〈その1〉日本唯一の藩営温泉!!

 江戸時代後期に開湯し“全国で唯一、藩が経営していた温泉地”。なぜなら、妙高山は一般人の入山が禁止されていた“霊山”だったため、その山中から温泉を引くというのは藩の許しがあって初めて着手できた特別な事業だったのだそうです。

 親鸞聖人はこの温泉を“霊泉”と呼んだのだとか。つまり・・・“『霊泉』に入れる妙高高原!”疲れと一緒に穢れも落とせそうです。笑

 

〈その2〉温泉ソムリエ発祥の地!!

 2020年現在、全国に約2万人いるという“温泉ソムリエ”は、こちら赤倉温泉が発祥の地なのです! 創設者で家元の遠間和広さんも現役バリバリご活躍中ですよ。

 ところで温泉ソムリエとは何ぞ?・・・“一言でいえば『温泉入浴アドバイザー』”だそうです。うんうん、温泉て化学物質の溶け出したお湯ですもんね。正しい知識でより快適&健康に、Let’s エンジョイ! 温泉ライフ! ありがとう温泉ソムリエさん!

 その他詳細は赤倉温泉観光協会のサイトへどうぞ♪  温泉ソムリエについての情報はこちら

 

以上、上越マメチシキ・妙高編でした~。

 

前回までのあらすじ

 この『家 まち 暮らし、カコ 今 ミライ』は全6本立て(予定)でお送りするシリーズ記事です。前回までのお話は、

私のお友達
 上越高田発祥の雁木町家をリノベーションして一家で暮らす吉田エリさんのご紹介

天才・オオハシあらわる
 テレリレリレレレテレリレリレレレデッデッデッデッデッデッデッデッ げんじゅつしがあらわれた!

いい家って何だろう~冬の日~
 初対面の人様のお宅に上がり込んで興奮した話〜素敵ランチ&女たちのネバーエンディング建築トーーーク!

冬の日(後編)~翌日、まさかの
 女だらけの建築トーク! からの、めしトーク! かーらーの~、新キャラ登場(まさかの展開へ)

 という感じでお送りしてまいりました!(お時間のある方はご一読いただけたら嬉しいです)

 

私のお友達 vol.2|新キャラ登場、高橋ナオコさん。

 ファンが皆哀しみに暮れた『べいめん屋 ハラル』さんの閉店から約半年後の2020年5月、待望されていた“活動再開”のアナウンスがあり、その第一弾が2020年6月に開催されました。

 私は万歳三唱とともに、6月の開催には一番乗り(実話)で予約をして行ってまいりました♪♪♪

 

 

 いよいよ当シリーズも折り返し。9月16日(水)の話題は④までで終わりなのですが(やっと!笑)、その翌日~週末にかけて驚きの新展開を迎えるのでした。

 そしてこの6月を皮切りに、都度メニューと会場を変えながら、ハラルさんの(ほぼ)月イチ営業=1dayレストランがスタートとなりました。

 

 店主さん&パートナーさん(ご夫婦です)のおふたりだけという態勢の上、なんせこの2020年のこと、感染症対策も必要だからなのでしょう、この1dayレストランは初回時から受け入れを最小人数に限定した完全予約制で行われています。

 それを知った私は内心

「数に限りある椅子を私が毎回ひとつ占めてしまっては、わざわざ会場を変えて開催するおかげが無いよなぁ」

「せっかく場所を変えるなら、会場ごとのお客様との出会いやご縁がひとつでも多い方が良いよね・・・」

という遠慮を感じていました。健気なファン心理です(自分で言う)。

 そのため2回目以降はアナウンスがあってもしばし我慢、しばし我慢、と自主ステイをしていたのですが・・・7月8月、そして9月であっけなく崩れました。お友達からの誘惑(笑)もとい、お誘いによって、です。

 

 というわけでご紹介させてください、ふたたびの“私のお友達”。高橋ナオコさんです!

 

メッセージ

ご本人希望によりアイコンは猫のけーたくんに代理でご登場いただいております。

 

 全国各地にローカル新聞(地方紙)があると思うのですが、新潟県にももれなく『新潟日報』があります。我が家も長年お世話になっております!

 

新潟日報

高橋さんはなんと、こちら新潟日報社さんの論説編集委員室に在籍されていて、しかも次長(!)を務めておいでの方。

 

 知り合うご縁をいただいたのは2019年6月のことだったのですが、当時、高橋さんは新潟日報 上越支社の報道部長を務めていらっしゃいました。つまりは以前からすでに相当に、立派な立場に就いておいででした。

 そんな高橋さんとお近付きになれたのは、たぶん(たぶん・・・)当時私がひとりで大量に『LET’S VOTE 20190721』というステッカーを作って全国にばら撒くキャンペーンを展開していたのを、高橋さんがおもしろがってくださったのがきっかけだったように思います(皆様ご記憶ですか? 2019年7月は参院選がありました)。

 

LET'S VOTE 20190721

私のなかに渦巻く「投票率上がれぇぇ~~」という執念がこういう形になって現れました。1万枚超。新潟日報さんでも大きくご紹介いただき、記者のWさん、その節はありがとうございました!

 

 高橋さんはポッと知り合った私を

「ご飯でも行きましょう!」

ととても気さくに懐に入れてくださり、私もホイホイじゃれついていたのですが、知り合って1年足らずの2020年の春、高橋さんは本社(新潟市)へ異動されることになったのでした。

 

[ 参 考 ]
●桐朋(弊社、上越市です)~長野県庁 60km
●桐朋( 〃 )~富山県庁 132km
●桐朋( 〃 )~高橋さんの本社(新潟市) 137km
●福岡県庁~鹿児島県庁 286km
●新潟県の端から端まで(糸魚川市~村上市) 291km

 

「今夜どうですか~?」

的な気軽さでは会えない距離です。寂しさはもちろんあったのですが、でも異動先が論説編集室、しかも次長と聞いて私はこんな顔(◉口◉ )になりました。だって論説編集委って・・・

「 新 聞 記 者 の エ ー ス 軍 団 やんけー!!」

と。ワンピースで言ったら王下七武海くらいのアレですよ!

 そんな高橋さんを私のような只者が “お友達” などと言い表すのは大層おこがましくはあるのですが、でも、私たちには立場を超えて共有できる「好き」があるのです。そう、ハラルさんのファンという点です♪♪

 

 高橋さん「9月21日の最後の1枠(14:00~の回)の募集が先ほどあったので、連れ合いと行くことにしたのですが、なつきさんもどうかしら?」

この前日に冬の日さんでハラルさんの話題も出していただけに、

「これも『噂をすれば影』ってやつ?」

と、驚きのお誘いでした。半年ぶりの機会、しかもハラルさん、しかもしかも4名席に現状2名ということだったので、

「喜んで!」

とご一緒させていただくことに。

 高橋さんは地域への愛情に溢れ、知識豊富な、敬愛するお友達。私にとっては“たまにしか顔を合わせなくても、ずっとおしゃべりしていられるお姉さん”のような心の距離感の方です(たまたまですが従姉と同い年)。

 予定の無かった連休が、急に楽しみになって参りましたー!

 

いざ、柿崎クエスト

 高橋さんが転送くださったハラルさんからのメッセージによると、今回の会場は上越市柿崎区にある古民家とのこと・・・

 

「今回のご予約、ありがとうございます。遅くなりましたが、場所のご案内です。今回の場所は【No Gate】さんという、古民家のレンタルスペースをされているところです。住所は、上越市柿崎区上下浜711-1。

 上下浜駅の近くで、8号線からいらっしゃる際には、線路を超えて2本目の道(大和ハウスの看板があるところ)を左に曲がって、右手側にある少し大きめの建物です。」

 

 予約は14:00~ですが、高橋さんも私もあまり馴染みのない地区だったので少し早めの13:30に上下浜駅で集合、車1台に合流して会場を目指すことにしました。

 同じ上越市ですが、私にとって柿崎区は“近くて遠い市内”なのです(1本道で行けるけど、1本道なのに車で40分かかる!)。

 でも私も高橋さんも仕事柄、決して地図が苦手ということはありません。住所は分かっていて、カーナビもスマホのMapアプリもある。にも拘わらず、なんと結局15分近くも辺りをさまよってからの会場着となりました(高橋さんのお連れ合いは上越在住歴の無い方なので免責)。

 探索開始から10分ほどもしてようやく

「あれだ、目印の看板!」

となり、左に曲がって右手側・・・大きめの建物・・・

3人 「「「ここだ〜〜!」」」

 実は当初“大きめの建物”というざっくりヒントには3人とも含み笑いをしてしまったのですが、いざ来てみれば、その情報に偽りナシ。明らかに周りの住宅より大きな構えの建物です。

 駐車スペースから玄関まで目測30mほどもあるアプローチとひさし屋根、そして犬走り。“古民家”と聞いていましたが、どうも個人宅には思えません・・・たとえばご覧ください、この玄関灯。

 

玄関灯

 

3人 「「「え〜何?? この立派なしつらえ」」」

 大きく立派な建物ですが、“豪農の館”という感じではないのです。美術館とか工芸品館とか言われたほうがしっくりくる雰囲気。けど、この辺りにその手の施設があったなんて話は聞いたことがないし・・・

 実は私も2020年の夏前に異動となったのですが、それまで何年もの間、地域情報をお届けするフリーマガジン編集長の立場におりました。

 高橋さんはさらに私の何倍ものキャリアと複数の記者さんを抱えていらした上越支社・報道部長さんだったわけで、そんなふたりが揃ってここは何???状態。

「・・・うっひょ~~やっべえな、オラ、わくわくしてきたぞ!(笑顔)」

 この玄関灯しかり、全体の風合いからして新築ではないこと分かります。でも、いわゆる「古民家」と言われて思い浮かぶ建物よりははるかにモダンなデザインで、新しい感じ。

古民家

私の“いわゆる古民家”イメージ

 

 そうこうするうち前の組のお客様が退出され、さあ、いよいよ館内へ! 玄関に入ると・・・

 

天窓

わぁ~~高い天窓! ランプが素敵!!

 

時計

玄関から続く通路の奥にあったランプも時計も、素敵~! この風格はきっと“アンティーク風”じゃなくて本物のアンティーク・・・ゴクリ。

 

 入り口から浮き足立つ私(たち)を出迎えてくださったのは、ハラルさんの接客担当・マサさんでした。

「どうぞこちらへ」

と誘導いただき、食事をいただくお部屋へと入室し !!!(◦口◦)!!!

 

部屋の中1

なッ── 何この部屋ー!!!!!???

 

部屋の中2

別アングルからも1枚。

 

 なんとこちらが・・・私たちがお食事をいただいたお部屋だったのです。

 どっしりとした革張りのソファに大きなローテーブル。めちゃくちゃ立派な梁が交差する高~い天井に、面積自体がとにかく広い、このお部屋(というより広間)。ここにたった3人だけ、なんという贅沢・・・!

 そしてこの背中側の襖を開けると

 

和室

 

 わ〜ぁぁ! 何ですかこの、シンプルかつ威厳のある和室は・・・!?

 テンション爆上がりの一方で、“何ここ”という謎はますます深まります。しかしそうこうするうち、お食事の時間がやって来るのでした── ハァハァゼェハァ!

 

美味しい食事、幸せな時間

 ハラルさんの正式名称は“べいめん屋 ハラル”さん。べいめん=米麺のお店でメインはラーメン、つまりラーメン屋さんなのですが、看板商品“汁なし坦々麺”をはじめ、漢方やスパイスの研究にも並々ならぬ情熱を傾けておいでなのです。と来れば自然な流れで、ハラルさんの“スパイスカレー”も、そりゃあもう美味しくてですね!

 この日は“スパイスカレー”の日で、チキンカレー or ビーガンカレーのいずれかを事前にチョイスして予約する方式でした。

 しかし! カレーライスにちょっと生野菜サラダ、みたいな話では決して終わらないのがハラルさんなのです。 いきますよ、、、

 

前菜

前菜

 

前菜その2

前菜その2

 

 前菜だけでもいったい何種類の野菜・スパイスが使われているのか! しかも、どれもみな初めて出会うお味。この香り、この味、と一口ずつ味わってしまうので、前菜だけでまあまあおなかがいっぱいになってきます。笑

 ハラルさんのコンセプトは“グルテンフリーでハラールなお店”。以前のお店の常設メニューには“できる限りアレルギー対応も承ります。お申し付けください”という記載もしっかりありました。

 ハラルさんの開業当時(2017年)はまだ巷では SDGs について語られることはほとんどなかった頃でしたが、考えてみるとハラルさんて、とーっても SDGs 的なんですよね。“どんな宗教、どんな体質の人でも楽しめる食事を”という姿勢を開業当初から変わらず守っておいでなのです。

 それではご覧ください、メインディッシュ!

 

チキンカレー

私はチキンカレーをいただきました。

 

「っは~~~、写真見ただけでおなか空くわ! ♡!」

 この副菜の多彩さ! 盛り付けは違いますが、南インドの“ミールス”に近いスタイルですよね。テーブルにセットされていた説明書きによれば、なんと“13種類の副菜”。

 しかも13種類それぞれが2~3種類の野菜が使われていたり、様々なスパイスで調理されているので、この一皿だけで“1日30品目”を軽く達成できるくらいの内容です。

 カレーはもちろん美味しかったですよ。そりゃもう大変美味でした。あんまりこの写真をワシに見せないでくれ、目に毒じゃぁ!(何キャラ?)

 会場の素晴らしさも相まって、もうすっかり満腹、満足。だがしかし! はい、

 

デザート

トドメのデザート。スイーツ三点盛り♡

 

 これがまた凄いんです・・・いちじくスライスの下には米粉のケーキ、上の緑色のはクロレラ(!)のムース、右は口溶けふわふわ~な豆乳アイス。いずれも白砂糖不使用の優しい甘さ。

 ダメ押しで追加しますと、最初の写真に写っているお茶はハラルさんオリジナルブレンドの漢方茶なのです。これがまた“ご自由にどうぞ”なんですよ・・・このお茶1杯でもお金取れるだけの仕事をされてるのに、フリードリンク!

 食後にはさらに(まだある)、“スパイスワークショップ”付き!

 

スパイスワークショップ1

 

スパイスワークショップ2

 

 ここまで至れり尽くせり、スタートから終わりまで優に1時間半、これで税込1,500円、って 安 す ぎ る ──!!!(狂) いわく、

「今はまだ色々試行中のため、この価格で」

というお話でしたが・・・、ゆくゆくはぜひ正当・健全な対価をと願ってやみません。

 だって、だって、ハラルさん自体にサスティナブルなご発展を願ってやまないのですよ、私は───! わ──! ゎ─!…!(((エコー)))

 

残りものにはスペシャルな福があった!

 そんなこんなの至福の時間を味わわせていただき、しかも、ええ、私たちが最後の1組だったのです。

 この日、客室として使用されていた部屋は2部屋あったのですが、ふたつの客室に各1組ずつ、交互に入退店となる予約スケジュールでした。私たちが入室した時すでに別室で食事されていたグループは先にお帰りになっていて、私たちが最後の1組。

 ゆえに食後、

「良かったら他のお部屋もどうぞ、ゆっくりご覧ください」

と言っていただけたこの幸運!“残りものには福がある”というまさにその福をさらりと引き寄せた高橋さん、誘っていただけた私のラッキー、うふふ、うふふふ、次のお客様がいらっしゃれば叶わなかったであろう、館内見学の時間をいただけたーのでーーーす!!!

 

 OK,ヒャウィゴッ!!まず、先ほどの和室の奥にあった襖。

 

襖

 

襖の奥

 

 うわわわ、奥までぎっしりずらりとスチール棚が並べられた“書架”になっていました。

マサさん 「蔵書2万冊くらいあるそうです」 にぃっ── ニ マ ン !!!(驚)

高橋さん 「すごい! ここの元々の所有者さんて、どんな方だったのかしら??」

私 「本当に。こんな館を建てられるって、柿崎の古い開業医さんとか? でもこれだけの蔵書があっても医学書の類は全然見当たらない・・・医者の線は無さそうですね」

 

 私たちが食事をいただいた部屋とは別の、もうひとつの客室も拝見します。

 

客室

わぁ〜〜〜こっちのお部屋も素敵!!

 

客室2

 

客室3

 

 こちらのお部屋も壁一面が本棚になっていました。読書家の方だったんだ・・・ひょっとして学校の先生とか?? 有名な文学作品や俳句関係の本、特に音楽関係の書籍が多く見受けられました。

 すると、高橋さんのパートナーさんが

「これ見て。日記だ」

と大発見!

 

日記

 

 日記があるということは、やはりここは施設ではなく住居だったんだ(このお部屋のさらに奥には開放感満点、木の壁・石の床のめちゃくちゃ立派な浴室もありました)。

 紙の劣化具合からして、相当に年数が経っているようです。

 人様の日記・・・というドキドキ感とともに、本を傷めぬよう、そっと中身を拝見。最後の1ページだけご紹介させてください、私は妙にこの文章に心を打たれてしまいました。

 

日記の中

7月27日

 今日西巻さんが突然だった.お土産の便箋.三越の包み紙がそれでも懐かしかった.
 東京へは行き多くない 田舎に馴れたから.柿崎より住み良い所は他にない 等々. 口では云うものゝ 東京の香を㗍ぐと.矢張り懐かしい.
 否.どこかで “私は東京の生れ.東京の子供なの” と云った 東京に住まつた事を、田舎の人に誉る気分が潜在してゐるのかも知れない
 私が東京に生まれ.東京に住まつた事を.昔から田舎に住む人に誉る理由はこれっぽっちも有りはしない 寧ろ.その様な考へ方をする方が.余程卑しくて 不可ない事なのだ.
 美しいものに憧れ様として私は.役にいやしく成ってしまう。

 

 ・・・こんな風に、“自己との対話”を、紙の日記──こんな形でなければ、およそ人目に触れることのないもの──に記す習慣をお持ちの方が、かつてここにお住まいだったのだ、という事実だけで、私はなんだか胸に迫るものがありました。

 今、星の数ほどの呟きや雑文がSNSはじめインターネット上には溢れ返っていますが、自分の心や世の中としっかり向き合う時間を日々の暮らしのなかに持ちあわせている人なんて、どれほどいるでしょうか(私もそんな星屑のひとつと自戒の念に圧されながら、敢えて今この一文を書いています)。

 

 さて!この館の元所有者さんは、東京のご出身だったらしいことがこれで判りました。そしてますます、この立派な家への興味が湧きました・・・そこへ、

マサさん 「今この建物を管理・貸し出しされている方から聞いたお話ですが・・・」

と、マサさんが教えてくださったお話が糸口となり、この家の謎が解き明かされていきます。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。それではまた次回、最終回(予定)でお会いしましょう〜!

 

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