なぜ子どもに自然体験が必要なのか?(その1)

顔の写真
執筆者 佐々倉愛
所 属こいのぼりHOUSE

2021/11/16

 こんにちは!四万十でこいのぼりHOUSEという民泊をしています、佐々倉愛です。

 今年7月に保育士資格を取りましたが、試験勉強中には気になる言葉があっても試験には基本的なことしか出ないので、脱線できず追求してできなかった勉強を改めてしたいなぁと思う今日この頃です。

 その中の1つが今回の「なぜ子どもに自然体験が必要なのか?」でした!

 

 合間合間の写真では四万十の子ども達の遊び方をご紹介しますね。

 

1歳の子ども

1歳でも大きい子のようになりたくて痛い思いをしながら慣れていきます。

 

 まず、保育士のテキストには五感を鍛えることの重要性が出てきます。これは自立に向けての訓練の意味ですね。1日の自分の生活をできるだけ自分でできるようになることを目的にして少しずつ慣れていきます。

 それとは別に想像できるのは、今よく言われる「生きる力」を育むため?でも考えてみると生きる力って、暮らす力以外にどんなことを指すのでしょうか?

 私は子どもに「心身ともに充実」してほしいなぁと思いました。

 

 自分も衣食住になんの不便も感じずに育ちましたが、振り返ってみると自分でやりたいことを描いてそこに向けてがんばるという力がなかったなと思います。

 その原因こそ、幼少期の環境や人間関係だったと思いますが、決して悪くはないけど、ただただ人に同調すること、欲も持たないけどそれより悪くなるのが嫌、みたいな。最低限整っていれば、という心境でした(なんか渋っ。笑)

 30年前はそういう時代だったのかもしれません。親はバブル終盤で働くことに必死でしたし、物がなかった親世代は私たちに良い暮らしを一生懸命与えてくれていました。

 

葉っぱがお皿

お皿がない!ってこと、家の中じゃまずない。モノがないと、じゃあどうやったらいいかな?を考える場面が生まれます。

 

 でも今は違います。日本の子ども達は主観的な幸福度が世界最低レベルと言われています。つまり客観的・世界的に見れば環境は整っているにもかかわらず、自己肯定感情が低い。心の面で満たされていないんですね。

 それはもはや、欲しいものを与えるだけで育つものではありません。人とのコミュニケーションや自分で様々な感情を育てていく経験が必須です。

 そう思うと、大人ができることは物を与えることではなく、会話するための時間を作ること、どんなことでも一緒に経験して、またそこで振り返ったり感情を共有したり異論を伝えあったりすること。また子ども同士や異年齢とも経験を積んでいくことかなと思います。

 

 そんな時に、何もない状態で会話し続けるのは限界があります。かといって、人が作ったおもちゃはキャラクターものの凝っているものほど、遊び方がワンパターンで大人がまず飽きて子どもも一通りやればすぐに放り出します。

 でも自然は違います。1日として同じ状態はなく日々変化し、捉え方1つで延々と遊べます。 

 我が子が通っている保育所の園目標である私の好きな言葉「遊び込める」のが自然です!

 愛媛で子どもに自然体験や遊び場を提供しているNPO法人みんなダイスキ松山冒険遊び場さんのブログ内でも、児童精神科医として有名な佐々木正美先生のこんな言葉が紹介されています。

 

『子どもたちは遊びの中で、いつも一番楽しいことを単純にやっているとは限りません。非常に苦労して目的を達することもある。陣取りゲームでも、かけっこでも自分の肉体的能力の限界まで使い、知的にも非常に努力しているんですよ。

 このことこそ、人間的な成熟にかけがえのないことです。不都合な条件を共有することは、直接の衝動をコントロールする習慣を身に付けるために、とても大事な行為なわけです。』

 

火が消える!

やばい!火が消える!小枝がいる!でも仰いで風を送る人もいる!と1つのものに向かって役割分担が自然と起こります。

 

 今回の問いへのまず1つ目の答えは「自然は大人も子どもも真剣に遊び込めるから」! 遊び込める=時間や経験がたくさん得られる、というのが自然を選ぶ1つの理由ですね。

 みなさんはどう感じられますか?

 子育ては本当に正解がなく、経験されてきたこと、学ばれてきたことで千差万別の選択肢があります。ぜひメッセージやコメントでご意見聞かせてくださいね♪

 

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